◆ A to Zの始まり―― A to Zの初ヴィンテージは2001年です。当時のオレゴンワインは、品質は高いがかなり高価ということで、販売量は限られていました。A to Zの創設者となるデボラ&ビル・ハッチャーとシェリル・フランシス&サム・タナヒルの二組の夫婦は、それぞれハッチャー・ワインワークスとフランシス・タナヒルという自分たちのブランドで小規模にワインを造っていましたが、2001年、収量が非常に多く、やや供給過剰傾向にあった市場で4人は、高品質のワインを低価格で入手する機会を得ます。それらをブレンドして造ったワインに「オレゴン州一帯のさまざまな土地からの風味を備えている」という意味を込めてA to Zと名付け、自分たちの人脈を利用して販売したのが最初です。当初のA to Zは4人にとり、自分たちのブランドの資金調達の手段という位置づけでしたが、3-4年経つとA to Zは一人で歩き始めていました。オレゴンワイン業界の変革もあり、ブドウやワインを安定的に確保できれば、レストランでグラスワインとして扱ってもらうことも可能になりました。それまでのオレゴンワインの問題は供給がやや不安定で年ごとの違いが大きかったことでした。キーワードは「一貫性」です。◆ A to Zの進化―― 私は2006年にA to Zに加わりました。当時のA to Zは小規模で、7人がチームで機動的に動き、パートナー・ワイナリーから完成品のワインやバルクワインを購入していました。自分たちでもある程度は造っていましたが、自前のワイナリーは持っていませんでした。売れるものを売れるだけ買って送り出す、という非常に柔軟なアプローチで、資産がなくとも現金は潤沢でした。しかし、さらに規模を大きくし、財政的に堅実で持続可能な事業とするためには、ブドウ供給元と契約を結び、主要パートナーとしっかりとした協力関係を結ぶことが重要で、そのためには醸造設備が必須でした。そこでウィラメット・ヴァレー北部にあるレックス・ヒルのワイナリーを畑も含めて購入しました。それによりワインをブレンドし、仕上げ、そしてボトリングできる場所、つまり自分たち魂の拠りどころが得られ、コントロールのレベルを一層上げることができました。そのときからA to Zは着実に成長し、2006年の5万ケースから2010年の12万ケース、2015年の30万ケース以上に拡大しました。その規模に達するとスーパーマーケット、クルーズ船など突然異なる市場が開かれ、販路はそれまでのような特定の8州だけではなく、全米50州に広がるようになります。◆ 大規模ワイナリーでの仕事―― 私の仕事は醸造家チームをまとめ、A to Zが必要とする数量と品質を確保することです。私は2022年の後半までは、創設者で醸造家でもあるシェリル・フランシス&サム・タナヒルと一緒に醸造統括部門で品質とスタイルに焦点を合わせて働いていました。この15年間、A to Zではその年ごとの品質とスタイル、ヴィンテージの個性を大切にしながらも、ヴィンテージによって変わることのないA to Zらしさをを維持することを大切にしてきました。今でも私は畑の視察やセラーでのワインの味の確認に多くの時間を費やしています。A to Zでは、個性のない凡庸なワインは造りたくありません。世界中の他のピノに勝るとも劣らないピノ・ノワールを造りたいのです。そのためには、伝統的な醸造方法と新しいテクノロジーを使い分けていくことが肝心です。A to Zは成長のタイミングに恵まれ、最高の技術と醸造に関する近代的利便性に投資することができました。しかし、近道をして品質を犠牲にするようなことはしたくありませんでした。A to Zには経験豊富なスタッフが沢山います。オレゴン州全域からブドウを購入しているので、森林火災、霜害、鳥害など、地域に限定される問題に対処できたのは幸いでした。自分たちはそれぞれの好みの果実がどこから来るかわかっていますが、素材の調達をより広域に広げることで、脆弱性をより一層下げることができると理解しています。◆ 小規模ワイナリーとしてのメンタリティを維持する―― 小規模ワイナリーとしてのメンタリティを維持するために、特定の決まったやり方に固執しないようにしています。A to Zがしていることは、異なる地域の強みを引き立てながら、ワインを頭で概念的に捉えて造ることです。自分たちの経験に基づいて、それぞれのワインの「らしさ」を引き立てながら、最終結果としてのブレンドがA to Zらしくあるようにすることです。A to Zでは2つのピノ・ノワールを造っていますが、どちらも多様なパーツが合わさったものです。例えば、サザン・オレゴンのある畑のブドウが色は薄く、ストーンフルーツの風味が優勢で、酸度が低いと予想される場合、それと組み合わせる可能性のある他のブドウとのバランスを考え、収穫のタイミングを慎重に決めていきます。◆ 地域ごとのワインの特徴―― A to Zではオレゴン各地のワインを使います。各地域のワインの特徴を話すときに注意する点は、土壌、ブドウの樹齢、標高およびクローンです。土壌の違いは果実に大きな影響を与えます。オレゴン州で最も古い土壌は南西部と北東部の端にありますが、北東部ではほとんど耕作は行われていません。ワシントン州との州境にあるコロンビア・ゴージ(渓谷)では、ピノ・ノワールは風化した玄武岩と砂の痩せた土壌で栽培されていますが、そこからのワインは、より柑橘類やスターフルーツの風味を持った、かなり珍しいクリスタルのような質感があります。ウィラメット・ヴァレーは以下の3つが典型的な土壌です。海洋性堆積土壌(谷の大部分は太古は海底だった)、火山性玄武岩(現在も活火山帯)、そしてレス(黄土)土壌(1万8,000年~1万5,000年前、内陸モンタナ州ミズーラ付近で氷河が溶けて発生した洪水により運ばれてきた大量の土砂が風化したもの)。一方、アンプクア・ヴァレーはコースト・レンジ(海岸山脈)とカスケード山脈に挟まれ、土壌は多々混ざっていますが、粘土質が多い土壌です。ただダンディ・ヒルズのような鉄分を多く含む赤色粘土ではなく、栄養分豊んだ黒い粘土質で、高い酸を与えるので、ここからの果実は色鮮やかな凝縮感があります。南部に行くと土壌はさらに多様です。温暖な地域ですが標高450-500mほどになるとしっかりした酸があるので、ワインは重くならず、ストーンフルーツの風味や質感がありながら酸も保たれます。暑い年のオレゴン南部では糖度がかなり上がり、シャルドネやピノ・グリにはトロピカルフルーツが強くなり、酸度は下がり、アルコール度も高くなります。ウィラメット・ヴァレーやアンプクア・ヴァレーの一部のように、より冷涼な地域のワインは酸のバックボーンもタンニンもしっかり備わっています。A to Zはオレゴン各地の多様なワインを使いながらも一貫して、信頼できるオレゴンブランドであり続けるよう努力しています。◆ オレゴンらしさとは―― 1970-80年代オレゴンワインの黎明期には、カベルネ、リースリング、シャルドネなどが細々と栽培されていて、ピノ・ノワールは造られていても最も安いワインでした。しかし産地の理解が進み、それらの品種がオレゴン、特にウィラメット・ヴァレーの気候風土に合わないことが分かるとカベルネは引き抜かれました。白ではアイリーのデヴィッド・レット、アデルスハイムのデヴィッド・アデルスハイムなどが原動力となり、新たにピノ・グリに注目が集まりました。以前のオレゴンではピノ・ノワールが唯一の主役で、成長の原動力でした。しかしニュージーランドやカリフォルニア・セントラル・コーストでのピノ・ノワールの生産が増えたこともあり、2014年頃からはオレゴンでも白ワインの存在感が増して赤ワインと白ワインのバランスが向上してきました。今から思い返すと、2000年代初めのワインイベントでは、自分たちはオレゴンワインをブルゴーニュとカリフォルニアの間と位置づけていました。どちらもよく知られている人気のある産地です。しかし今では自信を持って、自分たちはブルゴーニュでもカリフォルニアでもないと言い切っています。ブルゴーニュより果実味があり、芳醇で力強いですが、カリフォルニアほどではありません。カリフォルニア、特にソノマ・カウンティの醸造家仲間からは「どうしたらそんな新鮮さ、風味の緻密さ、寿命の長さが得られるの?」と尋ねられますが、これはオレゴンの微気候、季節の変化、日照量によるものです。◆ 新商品ジ・エッセンス・オブ・オレゴン・ピノ・ノワール―― A to Zピノ・ノワールは特別な日のために取り置くワインというより日常づかいのワインとして造ってきました。一方、ジ・エッセンス・オブ・オレゴン・ピノ・ノワールは、いわばリザーヴワインです。A to Z創業当時からともにワインを造ってきた栽培農家に感謝を込めて、3000-5000ケースだけ造ります。その年の最高のワインをブレンドするので、いつも同じ畑とは限りませんが州内各地のブドウで造ります。オレゴン・ピノ・ノワールを有名にしたのはウィラメット・ヴァレーで、今でも最も高価なピノ・ノワールの産地です。ですのでA to Zの「エッセンス」はウィラメット・ヴァレーのブドウだけで造るべきという意見もありましたが、「エッセンス・オブ・オレゴン」をトレードマークに掲げるA to Zの本質はオレゴン各地の異なる魅力を表現すること、という立場から、ウィラメット・ヴァレーに限定すべきではないという結論に達しました。