◆アルゼンチンのワイン産業とコロメの位置づけティボー ――アルゼンチンのワイナリーの殆どはメンドーサ州とサン・フアン州にあり、その2州での生産量が全体の75%を占めます。コロメのあるサルタ州はメンドーサから北に1,500km、アルゼンチン北西部にあり、ボリビアやチリと国境を接しています。緯度では南回帰線上なので、平地ならとてもブドウの栽培はできない場所ですが、私達の4つの畑は標高1,700-3,111mの間にあり、世界でもトップクラスの高地です。サルタ州のワインはアルゼンチンワイン全体のわずか3%で、主に高品質に特化しています。現在ワイナリーは約50軒あります。ボデガ・コロメは1831年に創業した、現存するアルゼンチン最古のワイナリーです。もっと古いワイナリーもありましたが、時代の流れとともに消失しました。コロメにはフィロキセラ以前にあたる150年前からの畑が8haほど残っています。主にマルベックで、カベルネ・ソーヴィニヨン、ミッション系品種*、トロンテスなどもあります。アルゼンチンのワインは30年前までほとんどが地元で消費され、世界的に知られていませんでしたが、1980年代末に国際的なワインコンサルタントのポール・ホブス、ミシェル・ロランらが来て、輸出志向が高まりました。しかし、2010年頃からアルゼンチン醸造家の新世代が登場し、私もその一人ですが、ミシェル・ロランの熟した樽香の強いスタイルから離れ、新しいスタイルを追求します。今のアルゼンチンはフランスに比べるとワイン造りはずっと革新的で近代的、国際的視野に立った新しい考え方に溢れています。アルゼンチンはテロワールに恵まれていて、これまでも素晴らしいワインが造られてきましたが、2000年以降、特に大きく変わってきています。上質なワインはフレッシュかつエレガントで、将来に大きな期待が持てます。カルチャキの地層◆ ティボー・デルモットとアルゼンチン2004年にアルゼンチンに来た時は、1年後にフランスに戻り自分のワインを造るつもりでしたが、すぐに美しい景色、暖かい人達が大好きになりました。サルタで数ヶ月間フランス語を教えていた時、偶然ヘス・ファミリー・ワイン・エステーツのドナルト・ヘス氏と出会い意気投合しました。当時はまだ27歳、最初にコロメを見た時は、「ここに住むなんてありえない!」と思いましたが、コロメはワイン造りにとどまらない、住民との一大社会プロジェクトでした。当初はクレイジーな億万長者が無茶なことを企んでいると思いましたが、ワイン、そしてヘスの確固とした計画を見て考えを改めました。一つの小さな企画が、ビジネスだけでなく、社会性ある堅実なプロジェクトに育ったこの15年間、その過程に携われたことをとても誇りに思っています。従業員は現在150人、もともと産業のなかったこの地域の経済にとっては重要なことです。ヴィンヤードの様子◆ 辺境の地、ボデガ・コロメの発展――当初、コロメの醸造所は古びて畑は長く放置されていたので、全てをやり直す必要がありました。8haだった畑は、今ではコロメ、エル・アレナル、アルトゥーラ・マクシマ、ラ・ブラバの4つのヴィンヤード合わせて150haです。2005年に私が入った時は、コロメは3つのワインしか造っておらず、初ヴィンテージは5万本でした。今では20種類以上のワインを造り、生産量はコロメ・グループ全体(コロメとアマラヤ)で150万本に成長しました。アマラヤは、2003年に始めた初心者向けワインで、カファジャテに130haの畑と醸造所があります。サルタ市は首都ブエノスアイレスから飛行機で2時間半、コロメはさらに車で5時間、しかも、その行程の半分は舗装されていない山間の砂利道です。コロメの畑と醸造所(標高2,300m)は谷の中間点にあり、エル・アレナル(標高2,600m)はそこから北に車で2時間、アルトゥーラ・マクシマはさら30分(標高3,111m)登ります。コロメではブドウ栽培はしていましたが、畑もブドウ棚も管理されていなかったので、株はすべてVSPに仕立て直しました。ブドウ栽培歴がなかった地域は、すべてがゼロからのスタートでした。エル・アレナルではブドウ栽培どころか農業と呼べるものはなく、単に灌木が広がる平地で、誰もがそこでブドウを育てることなど不可能と言ったのですが、ドナルドはその土地を購入し、水源を見つけ、ブドウ栽培を始めました。アルトゥーラ・マクシマではキヌア(雑穀)、パプリカ、豆類は育てていましたがブドウ畑は栽培していませんでした。あれほどのパイオニア精神がなければ、この特殊なテロワールを見つけるのは不可能だったでしょう。標高3111mの一番高いヴィンヤードエル・アレナル・ヴィンヤード(標高2600m)コロメ・ヴィンヤード(標高2300m)ラ・ブラヴァ・ヴィンヤード(標高1700m)◆コロメの畑とブドウの特徴 ―― ブドウはすべて自社畑で育てているので、畑の質の維持、植え付け、剪定、灌漑など自分たちで管理できます。カルチャキ・ヴァレーの年間降水量は150㎜と非常に乾燥しており、しかも雨は1月と2月にしか降らないので、それ以外の時期は灌漑が必要です。ただ農薬散布の必要がないので人や環境に優しくとても健康的です。標高はワインに大きな影響を与えます。標高が高くなるほどオゾンが少なくなり、紫外線通過量が高まるので、ブドウは自己防衛で分厚く色濃い果皮を形成し、ワインは色濃く、果実味が凝縮、タンニン構成がしっかりします。また夜間は気温が昼より約20-25℃も下がるので、酸のしっかりしたフレッシュなブドウになります。このように標高の高さが、凝縮感がありエレガントなバランスの良いブドウを育みます。エル・アレナルの初収穫のブドウはとても複雑で凝縮していて、このブドウで良質なワインを造るのにどうしたらよいか頭を悩ませましたし、アルトゥーラ・マクシマも別の問題がありました。常にチャレンジで、毎年新しい何かが起こりましたが、時間とともにテロワールやその対処方法を知り、地元の人達やこの土地への理解が深まりました。ヴィンヤードやワイナリーで働く地元の人は、皆自然の中で生活してきました。ヨーロッパで働くのとは違い、自分のリズムを彼等に合わせることが必要でした。◆ コロメでの醸造方法の変遷―2005年以降―― コロメでの醸造はカリフォルニア・スタイルに強い影響を受け、収穫はすっかり熟し切るまで待ち、たっぷりの樽を使っていました。自分は南米に来る前、ブルゴーニュやボルドーでも仕事をしましたが、2003年当時はどこも過剰抽出スタイルで、頻繁なポンプオーバー、高温発酵、ふんだんな樽の使用が主流、コロメでも最初はこのスタイルでした。最大のチャレンジはこの土地のテロワールから自分たちが欲しいスタイルを造ることです。いろいろと試し、醸造アプローチを変更しました。ポンプオーバーを徐々に減らし、収穫を早めてフルボディになる前のフレッシュさを確保し、新樽比率を抑え、時には樽自体も使いません。ブルゴーニュでのテロワールへの考え方と緻密な栽培へのアプローチ、ボルドーでのブレンドの知識など過去の経験が役立ったと思っています。ここはヨーロッパとは全く違い、ブドウの病気の心配はなく、貴腐菌もつきません。タンニンがまろやかなバランスよく熟した果実が収穫できるので、色の濃さを出すための過度の抽出も不要です。気候はブドウ栽培に本当に適しているのです。◆ ロジスティックス、それが問題だ!―― ロジスティックスはとても難しく、まさに悪夢です。電力網に繋がったのはつい昨年のことで、それまでは自社の水力発電所で自家発電、今でも使用電力の60-65%は自家発電です。ボトル、コルク、樽のすべてをメンドーサから運びますが、メンドーサからコロメまでは車で20時間。最初の業者が運んだボトルは、到着時点でほとんど割れていました。現在は、アマラヤのあるカファジャテまでは道も良いので、できるだけアマラヤでボトリング、ラベル貼りを行っています。今でもアルトゥーラ・マクシマの果実はとても小さい箱に入れトラックで5時間かけてコロメまで運びます。ブドウの果皮が厚いからこそできることです。状況が良くなっているとはいえ、インターネット環境は常に不安定だし、コロメでは携帯電話が使えません。それでも毎年約8,000人もの観光客が訪れます。ここにはジェームズ・タレル美術館**とコロメが運営するホテル(9部屋)があります。ここまで来るのは大変ですが、訪問客はコロメのユニークな環境とワインを楽しみに来てくれています。*カトリック宣教師によりスペインから持ち込まれた古いヴィティス・ヴィニフェラ。アルゼンチンではクリオラ、チリではパイスと呼ばれる。** ジェームズ・タレルは、主として光と空間を題材とした作品を制作するアメリカの現代美術家。日本にも作品多数。コロナ禍で現在は閉館中。***英国のワイン雑誌『デキャンター』により主催される国際ワインコンテスト。2020年は16,800アイテムがエントリー。そのうち50アイテムが「Best in Show」に選ばれる。98ポイントは最高得点。《ヴィレッジ・セラーズより》ロテ・エスペシアル・タナ2018がデキャンター・ワールド・ワイン・アワードで“Best in Show-98pts” ***を受賞したと知り、久々にティボーの話を聞きたいと思った。この賞はとても競争が激しく、「南米ワインがこの品評会で最優勝賞を受賞すること自体驚き」と彼は言う。2016年初めてコロメを訪問した時に、彼のロテ・エスペシアル・シリーズを購入、タナは当初から日本でも評判が良かった。「タナは晩熟で色がより濃くボディがあり、ブレンドに適していると思っていたが、収穫時期を早めれば、エレガントでフローラル、赤い果実、ミネラリティ、高い酸が得られることが分かり、徐々にタナ100%のワインを造るようになった」とのこと。彼のアルゼンチン・ボナルダ100%もこの品種が単なるブレンド用ではないことを教えてくれる。