◆ ワイン事業の継承は、突然にジェイニー――ジミーの醸造家仲間から「事業を続けて」と連絡を受けた時、私には選択の余地も他に頼める人もいませんでした。でも、引き継いですぐに私はこの仲間が大好きになりました。金銭が第一目的ではなく互いに争うこともない、才能と情熱に溢れる醸造家グループ、他では見たこともない世界でした。ジミーのアシスタント・ワインメーカーだったクリスは2004年のジミーのワインを2005年春にブレンドし完成させると、「もしこのまま続けるなら、ブルックスの醸造家として残ってもいい」と言ってくれました。それから18年が経ちました。醸造家クリス・ウィリアムズとジェイニー・へック(右)◆ ジミーのこだわりとブルックスの理念―― ジミーのこだわりは、ウィラメット・ヴァレーではまだ実践されていなかったバイオダイナミック農法によるブドウ栽培、そして理想的な冷涼気候のオレゴンでリースリングを造ることでした。ウィラメット・ヴァレーでブドウ栽培が始まった当初、リースリングは白の主要品種でしたが、その栽培と販売が難しいと分かると、リースリングに他の品種を接ぎ木していったため、残っている畑は少なかったのです。ジミーは1973年に植えられたリースリングの畑を見つけると2002年からバイオダイナミック農法を実践しました。その畑は、後にブルックスで買い取りました。ジミーの醸造方針は畑の多くの異なる要素、つまりクローン、畑の向き、樹齢などをできる限り分けて醸造し、それを最終的にブレンドすることでした。人為的に何かを加えるのではなく、ブレンディングによってワインのスタイルとバランスを決めていました。ジミーが亡くなった年には12の畑のからワインを造っていましたが、現在同じ理念のもと、約35の畑からのブドウを使ってワインを造っています。ジミーは2.5tの発酵槽を使って年間2,500ダースのワインを造っていましたが、今でもタンクの数は増やしたものの、同じ2.5tの発酵槽を使い、年間20,000ダースのワインを生産しています。醸造方針を変えずに長年、生産を続けるのは容易ではありません。◆ リースリングに注力する―― 私は当初、ワインについて全く知識を持っていませんでした。カリフォルニア州立大学デイヴィス校で学び、経験を重ねるうちに、リースリングの汎用性の高さ、レンジの幅広さ、熟成のポテンシャルなど、リースリングがいかに素晴らしい品種であるか、実感しました。以来この18年間、ピノ・ノワールはそこまで手をかけなくても売れていくので、販促はもっぱらリースリングに力を入れてきました。おかげで、今ではウィラメット・ヴァレーの古い高品質の畑からリースリングを大切に造っている生産者ブルックスというイメージがアメリカのワイン業界でも定着しています。2009年オバマ大統領就任初の晩餐会でアミカスが振る舞われたことも、ブルックスの知名度を上げることに貢献しました。◆ ブルックスの醸造方針:単一畑ワインかブレンディングか―― リースリングは、年によって残糖度を変えて仕上げます。畑の特徴を表現する4-5種類の単一畑リースリングは別ですが。長年取り組んできた畑の中でも、例えばエオラ・アミティ・ヒルズにあるボワ・ジョリ・ヴィンヤードは標高が高く、西向きのため午後に日が差し、常に東向きの畑よりもよく熟すため、その畑のワインにはわずかに糖分を残しています。どの時点で発酵を止め、ワインにどれだけの糖分を残すかは、クリスがワインの味を見て判断します。かつては23種類のリースリングを造っていたこともありましたが、今年は、単一畑、残糖度が異なるいくつかのワイン、伝統的な辛口、瓶内二次発酵による発泡性ワイン、極甘口のデザートワインなど、計13種類のリースリングを造る予定です。ピノ・ノワールは毎ヴィンテージ、10-20種類造っています。ピノ・ノワールも単一畑ワインが多く、特定のクローンの畑があれば、それは栽培家がそのクローンの樹を選び植えたので、クリスはその特性が表現されるようにワインを仕込みます。結果として、様々に個性が異なるピノ・ノワールが数多くできます。ブルックスではブレンディングによりワインを仕上げるので、年産3,000ダースのウィラメット・ヴァレー・ピノ・ノワールを造る場合、すべての樽からワインをテイスティングし、どのようなワインに仕上げるかを決めるまでに約3ケ月かかります。生産量が100ダースでも3,000ダースでも、私たちのワインの造り方は同じです。ブルックスのエントリーレベルのピノ・ノワールに価格以上の価値があるのは、そのワインが1つの大きなタンクで醸して味を調整して造られているのではなく、2.5tの発酵槽を用い、それぞれ別の樽で熟成させて造っているからです。◆ 樹齢50年のブドウ樹が生み出す風味―― 2023年はブルックス設立25周年です。ジミーが2002年に栽培を始め、2008年に私たちが購入した7.2haの畑の最初の植樹は1973年で、樹齢50年になります。ピノ・ノワール(ポマール・クローン)とリースリングが各2haでした。1979年に0.4ha弱のピノ・グリが植えられ、残りは1990年代後半にシャルドネに接ぎ木したピノ・ノワール(クローン777と115)です。畑は標高290mとウィラメット・ヴァレーではかなり標高の高いエオラ・アミティ・ヒルズにあります。ブルックスのピノ・ノワールは、90%がヴァン・ダザー・コリドーの海からの涼しい風の影響を最も大きく受ける丘陵地にあり、夏でも午後には気温が10℃ほど下がります。今でも当初から植えられていたポマール・クローンの古木からピノ・ノワールを造っています。その風味の複雑さは1990年代後半に植えられたブドウ樹とは明らかにレベルが違います。ワイナリーのすぐ下にある畑は17年以上にわたり植樹してきましたが、1984年と2000年に植えたクローン115は、その樹齢による違いがよく分かるので、ワイナリーではそれぞれを分けて仕込んでいます。◆ 2020、2021、2022年―― 2020年はカスケード山脈の東で発生した山火事の煙が西側のウィラメット・ヴァレーにも流れ込んだため、ワインを造りませんでした。150を超えると外出すべきでないと言われる空気質指数(AQI)が、9月の第2週の1週間に500-700に達しました。場所によっては通常ならすでに収穫が始まっていた頃です。私たちはブドウのサンプリングに畑へ出たかったのですが、外出することさえ許されませんでした。自分たちの信念に基づく醸造方針では、煙害の影響を受けた可能性のあるブドウを使って醸造することはできませんでした。2021年は素晴らしい年でした。収量が少なく、ワインの生産量は多くはありませんでしたが、十分に凝縮感があります。2022年は冷涼な素晴らしい年で、アルコール度数は低いでしょう。昨年の今頃は、すべて収穫が終わっていましたが、今年はまだ始まっていません。今週末(10月1日)には始まるでしょう。今年は以前のような、穏やかなオレゴンらしい年になると期待しています。◆ 企業としての社会的責任―― 私は、企業の説明責任と透明性が重要と考えています。私たちが何かに一生懸命努力している時、それが産業界の基準に合致したもので、一般の人々がそれを見て、何を意味するのかを理解できるようにしておきたいのです。ブルックスは米国だけでなくおそらく世界で唯一、Demeter,B Corporation,1% for the Planet,Ecologiという公益性の高い4つの団体や活動に加入し、認証を得ているワイン生産者です。それは、自分たちにとっても、また私たちの顧客にとっても、なぜブルックスのワインを選んで購入するかを説明する根拠になりうるものとして重要だと思うのです。◆ 持続可能な農業とバイオダイナミック認証―― 私たちが契約農家から調達するブドウは100%バイオダイナミック栽培されているわけではありませんが、その95%は有機栽培、バイオダイナミック、LIVE認証[i]、Salmon Safe認証[ii]のいずれかに該当し、誰もが持続可能な農業を実践しています。バイオダイナミック認証のロゴをラベルに表記するには、畑とワイナリーの両方がその認定を受けていなければならないため、デメターの認証ロゴをラベルに表記できるのは、ブルックスの自社畑のブドウを使用したワインだけです。セラードアからは、眼下に畑とオレゴン最高峰マウント・フッドを望む360°のパノラマが広がる。旅行先としても人気があり、「オレゴン好きによるお気に入りの場所ベスト100(100 Best Fan-Favorite Destination in Oregon, Oregon Business Magazine)」に4年連続選出。《ヴィレッジ・セラーズより》ブルックスのロゴである自分の尻尾を噛んで環になった竜ウロボロスは、始めと終わりが一致することから永遠、不滅、輪廻転生の象徴とされ、ジミーは自分の左肩にタトゥーとするだけでなく、ブルックスのラベルデザインにも使いました。ジミーの遺志を継ぎ今日までブルックスのワイン造りを支えてきた醸造家のクリスは、2019年に来日した際、東京のタトゥー・スタジオで左腕に雄鶏のタトゥーを入れました。「タトゥーは自分が何者かであるかを示す証だと思っているから、その印を好きな日本で刻みたかった」、物静かなクリスが穏やかに言っていたことが思い出されます。ブルックスの取り組み(企業としての社会的責任)を紹介しています。併せてご覧ください。2022年春カタログ掲載記事『ワイナリーにとっての持続可能性(サステイナビリティ)とは』[i] オレゴン州及びワシントン州で栽培と醸造に関する教育や認定を行う非営利組織LIVE(= Low Input Viticulture & Enology)が定める基準を満たした場合に得られるサステイナブル認証。[ii] コロンビア川流域の水資源の保全、特にサケの生態を守ることを目的とした認証。農地の他、企業や住宅の庭で使用する農薬や節電なども含まれる。