◆ 歴史を書き綴ることの重要性:革新性と信用 ジル ――私は1995年に入社し、20年以上に亘ってドゥ・ヴノージュで仕事をしてきました。2005年に社長を務めることになり、改めてブランドの歴史、哲学、DNAを正しく理解する必要を感じました。 ドゥ・ヴノージュは創業当初(1837年)より非常に革新的なシャンパーニュ・メゾンでした。1838年にシャンパーニュで最初にカラーイラストを用いたラベルを導入し、1858年にクリスタル製カラフェをデザインしました。 今日、市場では「本物」であることの信頼性が求められています。「コルドン・ブルー」「プランス」「ルイ15世」の3つのレンジの信憑性は、ドゥ・ヴノージュのメゾンとしての歴史を調べることで自信をもって主張できます。ルイXVを持ち、メゾン・ドゥ・ヴノージュの広間で腰掛けるジル・ドゥ・ラ・バスティエール社長エペルネ、アヴェニュー・ドゥ・シャンパーニュに位置するメゾン・ドゥ・ヴノージュ◆ スタンダード・レンジ「コルドン・ブルー」へのこだわり―― メゾンの代名詞でもある「コルドン・ブルー」は創業者であるアンリ・マルク・ドゥ・ヴノージュが出自のスイス、ヴノージュ川の青い水の流れと当時の上流階級御用達ワインであることを具現するため、創業当初より使用したラベルです。いわば ”メゾンの顔”として非常に重要な位置づけにあります。ノンヴィンテージ・キュヴェがコンスタントに優れた質を保っていることは、他のレンジのキュヴェがさらに良いものであることを意味します。私たちはスタンダード・レンジの「コルドン・ブルー」であっても一番搾り果汁のみを使用します。通常1本のシャンパーニュにはブドウ1.2 kgを使用しますが、コルドン・ブルーには1.5 kgのブドウが必要となります。質の悪い酸を含まない一番搾りの果汁は、大きな投資ではありますが、良質なシャンパーニュ造りにおいて、とても重要なことです。「コルドン・ブルー」レンジにはブリュット、ロゼ、エクストラ・ブリュットがありますが、通常ベースワインに20-30%のリザーヴワインをブレンドしています。リザーヴワインの50%はベースワインの1年前のワインで、残り50%はさらにその1年前のものです。コルドンブルー・ブリュNV◆「ルイ15世」と「プランス」―― トップキュヴェの「ルイ15世(ルイ・カーンズ)」という名前は、実は2005年に私が登録しました。ルイ15世の国王令がシャンパーニュにもたらした歴史を考えると、最高の年にだけ造られるワインにふさわしい名前だと思いました。プレステージ・キュヴェとは中身のワインだけでなく、その背後にある歴史と築いてきた伝説を示すものでもあります。 1993年までドゥ・ヴノージュのプレステージ・キュヴェは100%シャルドネで、緑色のボトルに入っていました。1995年、新しいキュヴェを透明なガラス製カラフェ型ボトルに入れ、50%シャルドネ、50%ピノ・ノワールのブレンドに変更しました。素晴らしいストーリーと名前に加え、新しいボトル形状によるルイ15世のお披露目です。最初の「ルイ15世 1995」は2005年に、続いて「ルイ15世 1996」がリリースされ、「ルイ15世」レンジが始まりました。「プランス」はスタンダード・レンジの「コルドン・ブルー」とトップキュヴェ「ルイ15世」をつなぐ位置づけで、フレッシュでエレガントなスタイルです。「プランス」という名前は昔から使っていましたが、1961年に特別にあつらえたカラフェ型のボトルに入れて販売を始めました。2008年、ブラン・ド・ブラン、ブラン・ド・ノワールとロゼをリリースし、2009年にエクストラ・ブリュットが加わりました。「プランス」には、レ・リセ村を除き、70%プルミエクリュ、30%グランクリュのブドウを使用しています。また瓶内熟成期間が48-60ヶ月とノンヴィンテージのキュヴェとしては熟成期間が長いのも特徴です。◆ カラフェ型ボトルシャンパーニュにおいては、高いクオリティは大前提として、非常に大事なのがイメージです。独特なフォルムのボトルを有していることは、ドゥ・ヴノージュにとって、決定的な意味合いがあります。 カラフェ型ボトルの発想は、ドゥ・ヴノージュがオランダ王室にシャンパーニュを供給していた1858年頃に遡ります。当時は、ルミアージュの技術が今日ほど進んでいなかったため瓶内に澱が残り、デカンタージュが必要でした。ドゥ・ヴノージュでは、ヨーロッパで最も古いガラスメーカーのクリスタル・サン・ルイ社(1586年創業)が製造したクリスタル製デカンターを使っていました。メゾンに当時のオリジナルのクリスタル製デカンターが保管されています。このデカンターを模して1961年にカラフェ型のワインボトルを製造、意匠権も取得したのです。「プランス」には、何か特別な要素が必要と考えていたので、このカラフェ型のボトルを採用しました。 プランスとルイXVのレンジがカラフボトルに入っているドゥ・ヴノージュを際立たせるこのボトルですが、社内では「プロダクション悪夢」と呼ばれています。瓶底はジェロボアム(3L)ほど大きく、高さは通常のボトルより低いので、ティラージュ、保管、ルミアージュ、デゴルジュマンなど、あらゆる工程でこの瓶にあわせた特別な仕様の機材が必要です。通常500本に対応できるルミアージュで200本しか対応できません。 またレストランなどでの保管にこのボトル形状が不安定で場所を取る、という指摘もありますが、ドゥ・ヴノージュでは「シャンパーニュは立てて保管すべき」と考えています。当メゾンでは、デゴルジュマンから輸送まで、常にボトルは立てています。ワインがコルクに接触するとコルクの弾力が弱まりますし、コルク臭の危険性もあります。他メゾンではデゴルジュマン後、ずっと立てて保管していますが、出荷の際には寝かせます。ようやくドン・ペリニヨンがボトルを立てて出荷するようになり、それを契機に今後、急速に変わっていくことを期待しています。 ◆スタイルの変更―― 2005年以来、ドゥ・ヴノージュのスタイルを少し変えました。その頃ドゥ・ヴノージュはどちらかといえば重いスタイルで知られていました。古いヴィンテージ・キュヴェでは重厚と感じられ、それはそれで良いのですが、少しエレガントさに欠けていました。21世紀に入って消費者がフレッシュさを好むようになり、また以前に比べて頻繁にシャンパーニュが飲まれるようになりました。そういった背景があってよりエレガントで、フレッシュなスタイルにしたかったのです。 まず良い村とそこから質の良いブドウを確保することは必須ですが、どの村のブドウを使用するか判断するには経験が必要です。アッサンブラージュ前のヴァン・クレール(一次発酵後の透明なワイン)を試飲すると、ヴェルズネー村のピノ・ノワールやメニル村のシャルドネはとてもエレガントなのですが、何かが必要と感じました。そこで、例えばプランスには、トレパイユのシャルドネやレ・リセ村のピノ・ノワールを少し加えました。 ちなみに、シャンパーニュでは一級畑やグランクリュ畑のブドウは引く手あまたで、そのようなブドウ生産者は売り先に困りません。我々が取らなければ、代わりに手を挙げる客先はいくらでもいます。そのため生産者との関係が非常に大事で、私はこの20年間、生産者やその家族との関係を深めることを大切な仕事としてきました。 またドザージュの添加量は大幅に減らしました。現在「コルドン・ブルー・ブリュット」のドザージュは、ブリュットとして法的に最低限の6.1g/Lです。この少ないドザージュもエレガンスとスタイルに貢献しています。「ルイ15世」はピノ・ノワールとシャルドネ50%ずつのブレンドで、100%グラン・クリュのブドウを使用し、10年という長い瓶内熟成を経て、リリースされます。このワインもフレッシュさを高めたく、2008年は酸味強度を下げるためのマロラクティック発酵は行わないことにしました。これは「ルイ15世」のスタイルにとって大きな変化です。 澱引き(デゴルジュマン)もシャンパーニュの表現には大切な要素です。主要シャンパーニュ・メゾンの多くでは、ヴィンテージ・キュヴェの澱引きは一度にまとめて行っていますが、ドゥ・ヴノージュのトップ・キュヴェは何回かに分けてデゴルジュマンをします。 デゴルジュマンはある意味外科手術のようなもので、高齢者の場合、回復に若い人より時間がかかります。コルドン・ブルーはデゴルジュマンの後、3カ月あれば良いですが、「ルイ15世 1996」になると、ボトルショックからの回復に1-2年はかかります。現行キュヴェの「ルイ15世 2008」は、10,246本造り、最初に5,000本デゴルジュマンしました。2回目は3,000本行い、残りは将来に残しておく予定です。「ルイ15世」については2004年に、地下カーヴにあった「ルイ15世」マグナムボトルの20-30%が破裂するという事故が発生しました。10年に及ぶ裁判を経て、ついにボトルの製造メーカーは非を認め、莫大な損害賠償金が支払われましたが、それ以降、製造を嫌がりました。カラフェ型マグナムボトルを造るには、かなり難しい技術が求められます。2018年にやっと良いボトルメーカーが見つかり、「ルイ15世 2018」のマグナムを5,000本瓶詰めしました。リリースは2028年です。 シャンパーニュでは何かをする時には10年先のことを考えて始めなければなりません。シャンパーニュは時間のかかるビジネスで、長期の展望が必要とされます。将来的に事業をより発展させるには、ボルドーのプリムールのようにドゥ・ヴノージュのトップキュヴェを早めに販売して顧客のためにシャンパーニュを保管することを検討する可能性もあるかと考えています。メゾン・ドゥ・ヴノージュ敷地内のホテル・ドゥ・ヴノージュでは4室のラグジュアリー・ゲストルームでの宿泊が可能《ヴィレッジ・セラーズより》ドゥ・ヴノージュは、1998年にBCC(ボワゼル・シャノワール・シャンパーニュ)グループの傘下に入ります。2006年、ランソンがグループに加わると株主の注目がそこに集中したことで、幸運にもドゥ・ヴノージュは自由に動けたとジルは言います。その中で「ルイ15世」「プランス」という新しいプログラムが始まり、またユネスコ世界遺産にも指定されているエペルネ、シャンパーニュ通りに2100㎡もの敷地を持つ美しい館を入手し、本館は前ページのジルの写真に垣間見えるように1901年建築当時の内装にリフォーム、メインオフィスとします。また敷地内の2つの建造物はホテルやカフェに改造、庭も一般開放していることは前回のカタログに書きました。将来の方向性を見据えながらしっかり投資をする若き社長は、まさにドゥ・ヴノージュ家の家風を引き継いでいるように見えます。