◆醸造家マット・ハロップとマセドンマット――私がマセドンで造った最初のワインは2005年、シャドウファックス・ワインズにいた時でした。そして15年ほど前には、マセドンに妻と共同で自分たちの小さな農場を購入し、シャルドネを植えました。ここ(マセドン)には10年前に移り住みました。2017年10月フィリップが離れた後のカーリーフラットに加わった時には2016年と2017年のピノ・ノワールはすでに樽にあったので、それを熟成、瓶詰しました。自分が100%監督管理したのは2018年からです。素晴らしい場所に畑を持つワイナリーの醸造家になれたことはとても幸運でした。この3年間得がたい経験をしており、今後も楽しみにしています。ワイナリーオーナーのジェニ・コルッカさん◆ ピノ・ノワール栽培地としてのマセドンカーリー・フラットの畑は標高500-550mにあり、気温は真冬の今でも7°C、最高気温は9°Cほどです。一方で夏に気温が30°C台になることは滅多になく、1月に短い熱波に見舞われることはありますが、ヴェレゾンが始まっていないので畑への影響はありません。また夜には気温が下がるのでブドウは休めます。マセドンにはこのようにピノ・ノワールが好むゆっくり生育できる環境があります。時間をかけて熟すことで適度な糖度と自然な酸が豊かな素晴らしい果実が育ちます。カーリー・フラットのピノ・ノワールは美しいアロマティックな風味、舌の上で広がる素晴らしい酸とタンニンの質感が特徴で、長期熟成します。◆ カーリー・フラットの畑――ピノ・ノワール、シャルドネ、ピノ・グリがほぼ完璧とも言える場所に植えられているので、伝統的なやり方で土地に負荷をかけすぎないよう見守っています。2018年1月に畑に穴を掘り、大規模な土壌調査を行いました。その結果に基づき、特徴の異なる2つの区画からウエスタンとセントラルという、タイプの違うワインを各100ダース造りました。ウエスタンはヴィンヤード西端にある東方向に下って行く斜面で、深い赤色で香りの良い土壌です。この土地のブドウ樹は午後3時以降は日が当たらなくなるので、とても香りの良いワインになります。赤い果実の特徴としなやかで柔らかいタンニンが時間をかけてゆっくり熟成します。セントラルはフィリップが最初に植えた、最も樹齢が高い場所です。北向きで日当りがよく、風化の進んだ玄武岩土壌です。ウエスタンよりもタンニンが多いので全房発酵比率を高め、より長熟型の風味豊かでスパイシーなスタイルに仕上げます。どちらのワインもエステートワインにブレンドし、ウエスタンのきれいな香りにセントラルの力強さが加わります。カーリーフラット・エステートに共通して感じられる特徴がこの2つのブロックにも共通して感じられることがワインの面白さで、そこにヴィンテージの違いが複雑さを加えます。今後も畑についてよりよく理解し、さらにカーリー・フラットらしさの表現を追求していくために、土壌のタイプや畑の向きによって、栽培法を変えていきます。リラ・トレリスで栽培されるピノ・ノワール(ブロック98)◆ 醸造家として哲学―― 私の最初のヴィンテージは1998年、ニュージーランドのノビロです。それ以降、あちこちのワイナリーでさまざまな経験を積みながらも、手を加えれば加えるほどより良いものができると考え、抽出方法や樽のタイプなど、様々な模索をしてきました。「畑が質を決める」と気づいたのはついこの5-10年です。今は醸造の仕事で大切なことは手を出さないタイミングを知ることだと考えます。これは果実が素晴らしい品質で醸造工程がその質を損なわない場合に限りますが。カーリー・フラットで私が行ったことの一つは、ワイナリーでのより一貫したアプローチです。樽を変えたり果皮浸漬時間やポンピングオーバーの回数を変更したりと今でも細かい試みはしますが、基本的な哲学はすべてをシンプルにするということです。これを5-10年続けると、マセドン・レンジズの成熟した畑が醸し出すはっきりとした「センス・オブ・プレイス(その場らしさ)」が得られます。私たちが行っていることの80%は毎年同じことの繰り返しです。優しい抽出、自然発酵、木目の細かいフレンチオーク樽で16ヶ月間熟成、その他のすべてはブドウ畑からきています。収量が突然増えたり性質が変わったりすることはないので。カーリー・フラットのピノ・ノワールは男性的でストラクチャーがしっかりしています。オーストラリアではタンニンを警戒する傾向があり、この10年はタンニンの強いピノ・ノワールを避け、フローラルで明るく、アロマティックでスパイシー、柔らかでリリースされてすぐに美味しく飲めるピノ・ノワールが好まれてきました。しかし、偉大なピノ・ノワールが共通して備えているのは「素晴らしいストラクチャー」で、これはタンニンからしか得られません。私はカーリー・フラットの質の良いタンニン構成が好きなので、ポンピングオーバーを多めに、パンチダウンは少なく、全房比率を高めて「優しい抽出」を続けていきます。マット・ハロップ(左から3番目)とスタッフ◆ ワイナリーでの仕事――以前の資料がたくさん残っていたのは幸運でした。果実の収穫場所、醸造方法、樽の扱いなど、フィリップはとても詳しい記録を残してくれていました。ですので、セラーやワイナリーのワインライブラリーをみて、自分たちの好きなワインがどうやって今の風味を出すようになったか詳細に調べることができました。 2018年にはピノ・ノワールを23種類に分けて仕込みました。ブドウを畝単位で区別して収穫し、別々に発酵しました。2019年には土壌調査の結果をみて、それを修正しました。ある区画で4億年前のオルドビス紀の地層を見つけ、中でも最も古い地層にある7列のみ別に収穫しました。確かにワインの風味はかなり違っていました。 ワイナリーで決まって言われるのは「一度ブレンドしたワインは元に戻せない」という言葉です。それゆえ収穫したブドウはできるだけ細かく管理します。タンクは発酵に必要な熱量を発生させるのに十分な大きさで、最小の発酵槽で約1.5t、最大で5tです。発酵槽は2018年は18基、2019年には20基使用しました。2020年は収量がとても少なく12基でした。これもカーリー・フラットの特徴をきれいに表現する、より良いワインを造るために必要なことです。 ワイナリーで行うのは基本的なことです。すべて手摘みで収穫し、丁寧に選果して圧搾は優しく行います。カーリー・フラットでは破砕しないので、破砕機はありません。できるだけ粒を壊さず果粒のままで発酵させます。畑の場所によっては発酵槽の上部に除梗をしない全房のブドウを載せます。 抽出はとても優しく行います。発酵が始まると、発酵過程の2/3までは1日に1-2回、ポンピングオーバーを行い、それ以降はパンチダウンで発酵を助けます。3-4週間後にプレスして果皮とともに静置、その後樽に移し自然なマロラクティック発酵に委ねます。醸造はとてもシンプルですが、そう出来るのはその前に畑で膨大な時間と労力をかけているからです。◆シャルドネへのアプローチマセドンのシャルドネは、収穫間近になると柑橘類やグレープフルーツ、次第に白い核果の風味が生まれ、熟すにつれて黄色い核果、収穫が遅くなるとオレンジ色のトロピカルフルーツの風味が現れます。カーリー・フラットは白い核果に微かなグレープフルーツ、ネクタリン、白桃が感じられる風味を目指しています。マセドンでは成熟がとてもゆっくり進むのでこのような風味のシャルドネができますが、オーストラリアで同様の栽培ができるところは少ないです。 シャルドネは7-8回に分けて手摘みで収穫します。全房圧搾して一晩静置し、濁りのある果汁を澱引きして樽に移します。25%は新樽です。小樽ではなくホグスへッド(約300L)やパンチョンなど大樽(約465L)を使い自生酵母で発酵します。2020年のような年は酸を穏やかにするために春先に自然なマロラクティック発酵に委ねます。◆ 新型コロナ禍と山火事――メルボルンは目下ロックダウン(ステージ3)でステイホーム、レストランはテイクアウトのみの対応です。ここマセドンはステージ2でソーシャル・ディスタンスを保つ状態ですが、雰囲気は日毎に悪くなっています。ヴィクトリア州全体がロックダウンになるかもしれません。現在もニュー・サウス・ウェールズ州など他の州には行けません。3月半ばの第一波ではソーシャル・ディスタンスが叫ばれ、手の消毒やその他の措置のもと距離感に注意しながらブドウを収穫しました。 昨年12月から今年1月の山火事では、東海岸からハンター、キャンベラ地区、ヴィクトリア州南部、南オーストラリア州と、オーストラリアの南部全体は大変でしたが、ありがたいことにマセドンは無事でした。マセドンは木々に囲まれていず、周囲が開けているので煙の影響も受けませんでした。とはいえ、2019年の11月と12月に曇り、雨、風が多く開花が不安定だったため、2020年ヴィンテージは房数・重量ともに少なく、収量は大きく落ち込みました。ただ収量が少ない分、質は素晴らしかったです。今はただ、この2020年が早く過ぎ去ってほしいと思っています。◆ カーリー・フラットの将来――ピノ・ノワールの需要は今後も堅調に推移すると考えています。ピノ・ノワールはフランスでも世界レベルで見ても造られる地域は限られています。冷涼地でなければなりません。オーストラリアであれば、ヴィクトリア州南部かタスマニア。カーリー・フラットの作付面積は14haですが、ピノ・ノワールをあと5ha増やす計画で2019年から始めて2021年に作付けが完了する予定です。2019年に植えたクローンは全てMV6*で、さらなるアロマを求めて2020年には新しいフレンチクローンも植えます。将来的には生産量を年間2,000ダースまで高める計画です。リラ・トレリスのピノ・ノワール畑と風力発電のための風車*MV6クローン:MVはマザーヴァインの略。オーストラリア・ピノ・ノワールの母といわれている。1831年にジェームズ・バズビーが仏ブルゴーニュのクロ・ド・ヴージョの切枝をオーストラリアに持込み、シドニーのボタニー・ベイに植えたコレクションが由来とされ、1830年代にはその株の枝がハンター・ヴァレーに伝わり、醸造家モーリス・オシェイが1921年にマウント・プレザントに植えてシラーズとブレンドするようになった。 今日のMV6はマウント・プレザントから広がったと考えられ、ピノ・ノワールのクローンとしてオーストラリアで現在、最も広く植えられている。≪ヴィレッジ・セラーズより≫オーストラリアを代表するピノ・ノワールの名手カーリー・フラットは、当初より徹底して質にこだわり、素晴らしいワインを生み出してきたブティック・ワイナリー。大手銀行の役員としてワイナリーを長年、資金面で支えてきたジェニ・コルッカがフィリップ・モラハンの後に選んだ栽培醸造家マット・ハロップは、醸造家としての高い名声のみでなく、マセドン・レンジスのワインを知り尽くしているという意味でも最適任。今後のカーリー・フラットの一層の進化が楽しみになった。