◆ エルダトンのこれまでと現在キャメロン――エルダトンは現在2世代目の家族経営のワイナリーです。私の両親、ニールとロレーヌはサウジアラビアでしばらく過ごした後、オーストラリアで家を建てることを考え、1979年バロッサ・ヴァレー、ヌリオッパの町の中心に位置する(現在の)エルダトンの敷地を購入しました。これは偶然の産物で、家族はもともとヴィクトリア州ギップスランドの出身です。祖父がたまたまバロッサでの葬式に出席し、この土地のことを知ったのがきっかけでした。 その土地には、元々20世紀初頭のオーストラリアワイン業界で最も名の知られたトリー家の邸宅(1918年竣工)に隣接してブドウ畑があり(1894年植付け)、そのブドウからサミュエル・エルダトン・トリーと父アルフレッドによって「トリー・スコット&トリー」の酒精強化ワインが造られていました。しかし、1970年代になってバロッサの酒精強化ワインが飲まれなくなると彼らの非常に古いシラーズとカベルネ・ソーヴィニヨンの畑は放置されたまま何年も買い手がつかず、不動産業者はニールとロレーヌに、その屋敷を買ったらおまけとしておよそ29haのブドウ畑を無料で付けると提案してきたのです。 土地を購入してブドウ畑を修復し、3年後の1982年にエルダトン・ワインズを設立(サミュエル・エルダトン・トリーの名にちなんで名付けた)。1984年に初ヴィンテージ「コマンド・シラーズをリリースしました。1997年に父が亡くなり、2003年から弟のアリスターと私が共同で経営を引き継いでいます。 自分たちがこれまで時間をかけて成し遂げてきたことについては、とても誇りに思っています。ペンフォールドの敷地にあった築80年ほどの古い建物に自分たちのワイナリーを造り、近代的な設備に改修しました。2007年にはイーデン・ヴァレーのクレーンフォードに、2010年にはバロッサ・ヴァレーのグリーノックに畑を購入しました。現在所有している畑は計65ha、バロッサでも最高の場所にあると思います。最近では、2017年にかつて家族で住んでいた家を改装して、テイスティングルームをオープンしました。昨年、私たちは南オーストラリア州で最高のワインツーリズムサービスに与えられる”Great Wine Capitals of the World”賞を受賞しました。小さな企業にとってとても晴れがましいことです。ビジターの数も予想を上回り、非常に嬉しく思います。 過去16年間、エルダトンのチーフワインメーカーを務めたリチャード・ラングフォードがバロッサの別のワイナリーに移り、今年から私の妻のジュリー・アシュミードがチーフ・ワインメーカーを務めます。ジュリーはナパ、サンテミリオン、マルボロー、チリでワイン造りを経験し、その後バロッサのターキー・フラッツの主任醸造家を務め、今は彼女の実家でラザグレンにあるワイナリー、キャンベルズのワインメーカーでもあります。ジュリーはこれからエルダトンとキャンベルズの両方のワインメーカーになるわけです。弟アリスターの妻のレベッカは輸出と生産管理を担当しています。私たちは皆とても仲良く仕事をしていますが、すべて自分たちだけでなく、次世代のためでもあると思っています。左から キャメロン、ブロック・ハリソン(ワインメーカー)、ジュリー(栽培・醸造責任者)、アリスター◆ バロッサにおけるエルダトンの特徴―― エルダトンでは基本的にすべてを自分たちの手で行っています。この規模のワイナリーにしては特徴的と言えます。契約栽培農家のブドウではなく、自社畑のブドウのみを使っています。自分たちでブドウの生育品質を管理するので、畑で何が起きているか正確に把握することできます。唯一瓶詰めだけは、プロフェッショナルに任せています。より多くの人手を必要とする作業だからです。畑の管理は自社のスタッフによって上手く行っています。 環境面でのサステイナビリティについては、ワイナリーに関しても畑に関しても先駆的と言えます。電力は 2010年に大型ソーラーパネルを設置し、2014年にはそれを2倍に増やしました。水に関しては、ワイナリーの屋根から雨水を貯め、1年のうち11ケ月間は、自給できています。エルダートンの上空写真◆ 畑の違いとブドウの違い、そしてエステートワイン―― エルダトンは、バロッサに3つの畑を持ち、それぞれ微気候と土壌が大きく異なります。バロッサ・ヴァレーにあるヌリオッパの畑は標高約200m、赤褐色の沖積土壌で、ここ数年収量が非常に少なく1haあたり約0.6tで、ブドウは驚くほど凝縮しています。同じくバロッサ・ヴァレーにあるグリーノックの畑は標高約320m、岩質土壌で鉄鉱石と砂を多く含み、収量は1haあたり約0.8tとこれも少なく、この2つの畑は約15km離れています。そこから25kmほどに位置するイーデン・ヴァレー、クレーンフォードの畑は、標高が高く冷涼で、全体的に樹齢が少し若く、1haあたり1tの収量です。ワインの味わいからいうと、グリーノックはすべての要素をバランスよく持ち合わせ、色もタンニンも他の畑よりやや多く、ヌリオッパはワインの主柱となる味わいをミッドパレットに感じさせます。土地が痩せているイーデン・ヴァレー、クレーンフォードのブドウは、ワインにフィネスとエレガンスを加味します。エルダトンの エステート・シラーズとエステート・カベルネ・ソーヴィニヨンはほとんどの場合、3つの畑のブレンドです。ブレンドによって、より完璧に近づけたいと思っています。 どれも比較的古い畑ですが、サステイナブル栽培に積極的に取り組み、畑を世話することで、通常の降雨なら収量を増やすことができると思っていますが、ここ数年の降雨量は平均以下で、2018年には平均の1/3を下回るほどでした。今年は平年並みの降雨が期待できそうです。◆ 単一畑とワインの特徴――「コマンド・シラーズ」はこれからもエルダトンを代表する最高のワインであり続けるでしょう。1894年に植付けられた単一畑のブドウを用い、1984年から造り続けています。造らなかった年は1989年、1991年、2011年の3ヴィンテージのみです。2013年から1915年に植え付けたグリーノックの畑から「フィフティーン・シラーズ」を造っていますが、2013年、2015年、2017年の特別なヴィンテージのみで、他の年では上手く行きませんでした。コマンド・シラーズとフィフティーン・シラーズは畑では同じように栽培し、低収量ですべて手作業でしっかり手入れしています。1本あたり25-30の芽が付くように剪定し、手で摘み取ったブドウはオークの発酵槽に入れ、低めの温度(約20°C)で1週間以上発酵させます。 フィフティーン・シラーズのブドウは約6週間、果皮を抽出できる1500Lのフレンチオーク材の回転式発酵槽に入れ、その後フレンチオーク樽で約14ヶ月熟成させます。一方、コマンド・シラーズはアメリカンとフレンチオーク樽(新樽80%)で30ケ月間熟成させます。そして瓶内でさらに18ヶ月熟成させてから、リリースします。以前は100%新樽で36ケ月間熟成していましたが、現在は熟成期間と新樽比率を減らし、進化させています。 瓶熟してからリリースする生産者は多くはありませんが、私たちはコマンド・シラーズを瓶熟成させたいのです。それは大きな投資ですが、これをほぼ40年に亘り行ってきました。エルダトンは長年存続しているワイナリーで、バロッサの畑から卓越性のあるワインを生みだすことが私たちの使命と思っているので、品質を少しでも向上させるためにできることはすべてします。◆ 昔風のバロッサスタイルとその進化―― バロッサのワインはおよそこの10年で徐々に進化し、かつてのアルコール度が強く、R.パーカー好みに造られたワインは姿を消しました。エルダトンはそのようなワインは以前から造っていませんが。エルダトンのワインに最適なアルコール度数は14.5%前後、それがブドウの熟度とバランスに最適なレベルだと思っています。エルダトンはこの10年で大きく進化を遂げましたが、変わらないのはバランスがすべてということです。ワインの世界では使い古された言葉ですが、果実、酸、タンニン、オーク樽の4つが調和し、響き合ってはじめてワインが良く表現されるのです。 エルダトンにとって大切なのは、ワインを買った人が楽しめるワインを造ること、また単一畑のトップレンジは30年間熟成させたら驚くような結果を提供するということです。そのため、最高の質のブドウが実るよう、畑ではより積極的に手入れし、介入します。他の誰もが同じようなことを試みますが、エルダトンには昔から続く自分たちのスタイル、自分たちのファンが好むスタイルがあります。ジューシーな果実が全面に出ることなく、自然な酸が豊富にあり、長期熟成できる可能性を備え、セラーで素晴らしい熟成をすることです。 畑には古すぎて何だか分からないクローンの樹もありますが、最近人気の色濃く豊潤な果実を実らせる新しいクローンは使っていません。自分たちのスタイルを少しでも進化させ、さらに凝縮感があり長寿なワインを造るためには、ワイナリーではなく、畑での改良が必須と考えています。◆ バロッサの変遷と今後の方向性―― バロッサ全体的を見ると、幸いなことにバロッサには古い畑が世界のどこよりも多く集中して残っています。過去には、農家に対する政府のブドウ樹引き抜き奨励政策があったものの、バロッサにはまだ驚くほど古い畑が残されています。1990年の「グランジ」が1995年に『ワイン・スペクテイター』誌「レッドワイン・オブ・ザ・イヤー」に選ばれたことで、バロッサに注目が集まりました。それまでのバロッサと現在とを比較すると、状況はかなり変わっています。 私たちが最初にワイナリーを始めたとき、バロッサには約30生産者しかいませんでしたが、今日ではその数は180になっています。当時は宿泊施設も外食の選択肢も多くはなかったですが、今では住民20,000人のこの地域に8つのワールドクラスのレストランがあります。バロッサは田舎の魅力だけでなく、都市の洗練も兼ね備えた地域となりました。 1990年代以前、ブドウ畑の面積は10年ごとに200ha増加する程度でしたが1990-2000年代にかけて、当時のジョン・ハワード首相の税制優遇措置により、数千haにまで拡大しました。今日、バロッサには約14,000haのブドウ畑(赤品種11,400ha/ 白品種 2,260ha)が広がり、年間40,000-80,000tのブドウが生産されています。この数字はオーストラリアワイン全体の2-4%程度です。バロッサは比較的その名を知られるようになりましたが、この土地のワイン生産量はそう多くないのです。 オーストラリアで最も有名なワイン産地の一つとして評価が高まる中、バロッサの未来はバラ色です。今のバロッサは本当に良い場所です。ビジネスが循環し、ブドウの価格も畑の地価も記録的に高騰し、かなりの海外投資がこの地域に行われています。多くの人々はニコニコ顔です。8-10年前はそうではありませんでした。 2008年に550名以上のブドウ栽培農家と150社のワイン生産者が、産地の発展のために資金を提供し、バロッサ・グレープ&ワイン協会が設立されました。バロッサは醸造栽培に関する成功事例の普及から積極的なマーケティングまで多方面で大きな成功を収め、他の多くのワイン産地がバロッサの活動を真似ようとしています。バロッサは多様性に豊んだ産地で、ドイツ移民の中には、6世代か7世代目の人たちもいるのです。Elderton Wines Facebookより《ヴィレッジ・セラーズより》アデレードからバロッサに向かうとヌリオッパの町の入口に位置するエルダトン。25年ほど前初めて立ち寄ったセラードアは、閑散とした中央通りに面し、7人ほどがようやく立って試飲できるカウンターの後ろに見えるコマンド・ヴィンヤードに古木シラーズが整然と並んでいるのが印象的だった。その後、バロッサに行くたび周囲には新たな施設が建ち、今では街中にあるように錯覚する。小規模でありながら、初期から国内外の市場を視野に着実に市場開拓を重ねてきたワイナリーだが、隣接するペンフォールドの倉庫跡地に自分たちのワイナリーを建設し、安定した商品供給ができるようになる以前は、タイミングが悪いと注文してもワインがないという経験を何度もした。次世代へのサステイナビリティを基本に無理せず進化する姿勢は、家族経営ワイナリーの一つの典型だろう。