このたび縁あってポルトガル南部アレンテージョ地方を拠点とするフィタプレタ・ヴィーニョスの取り扱いを開始することになりました。フィタプレタを率いるのは、現在同国最注目の醸造家の一人、アントニオ・マサニータ。彼の独創性と産地の今を日本のポルトガルワインシーンを牽引する別府さんに説明してもらいました。昨今ポルトガルでは土着品種、混植、高樹齢、アンフォラといった、元々ある栽培家フィタプレタのワイナリー アントニオ・マサニータ醸造の伝統を活かしつつ、サステイナビリティや低介入といった現代的なアプローチを採る生産者が次々と現れている。アントニオ・マサニータはアレンテージョを代表する生産者として、今最も注目されている一人だ。2018年には、ポルトガルのワイン誌“グランデス・エスコーリャ(Grandes Escolha)「” ユニークネス賞」と”レヴィスタ・デ・ヴィーニョス(Revista de Vinhos)”誌「ワインメーカー・オブ・ザ・イヤー 」を同時受賞している。ワイナリー全景◆ 昔ながらの産地アレンテージョに起きた大きな変化ポルトガル南部アレンテージョ。古くから農業や畜産業が営まれ、暑く乾燥した丘陵地には小麦やオリーブ、コルク樫の畑とともに、点在するブドウ畑が見て取れる。ここは紀元前からのワイン醸造の歴史が残る産地であり、その頃から綿々と繋がるアンフォラワイン(ポルトガルでは、ヴィーニョ・デ・ターリャという)の伝統はジョージアに次ぐほど長い。アラゴネス(テンプラニーリョ)やトリンカデイラ、ロウペイロなどの様々な土着品種に彩られた、昔ながらのワイン産地である。とはいえ、アレンテージョは長らくワイン産地として恵まれているとはいえなかった。20世紀に入ってからは国策でブドウよりも穀物への転換を迫られ、栽培量を大きく減らした。1974年にポルトガルが民主化の道を歩み始め1986年にEU(当時はEC)に加盟してからは、輸出を目指すワイナリーが多く現れ、シラーやカベルネ・ソーヴィニヨンを始めとした国際品種も多く栽培された。その頃多くの生産者が目指したのは、当時流行のパワフルでアルコール度数の高いワイン。首都のリスボンからほど近いこともあり、今でも一部を除いては低価格な日常消費用ワインを多く造る産地でもある。それが大きく変わり始めたのはほんの最近、21世紀に入ってからだ。他の国の例に違わず、ここポルトガルでも“パーカリゼーション”は終わりを告げ、同時にそれぞれの国、産地、生産者の個性が問われる時代になった。国際品種から土着品種への回帰が起こり、新樽からコンクリートタンクやアンフォラへと醸造方法の流行も変化した。ナチュラルワインのムーブメントも大きく広がり、今までとは全く異なるアプローチでのワインの表現が行われることになった。そして暑く乾燥したアレンテージョでも、標高の高い北部のポルタレグレや海の影響を受ける南部のヴィディゲイラなど、比較的冷涼で酸が残ったワインを生産できる産地がより注目されることになる。品種も、より高い酸を保持しアレンテージョの気候に適合するフランス生まれのアリカンテ・ブーシェが賞賛を浴びるようになった。世界のどこでも粗野なワインにしかならなかったこの品種が、アレンテージョでは美しいワインを造ることが広く知られ、一躍アレンテージョを代表する品種として知られるようになった。そして伝統回帰の流れの中で、アンフォラのワインが再注目され、DOC ヴィーニョ・デ・ターリャとして世界で初めてのアンフォラワインの原産地呼称も生まれた。フィタプレタのセラー◆ アレンテージョの潜在力を引き出すアントニオとフィタプレタさて、ここまでがアレンテージョのこれまでのアプローチである。1981年生まれのアントニオ・マサニータのアプローチはそこから更に一歩進んだところにある。ナパ・ヴァレーのラッドやオーストラリアのダーレンベルグなどを経てポルトガルに戻りワインメーカーとしてのキャリアをスタートしたアントニオの哲学は明確。それはポルトガル各地でそれぞれの伝統を尊重しつつ、現代的なワインメイキングをバランスよく取り入れることだ。フィタプレタのチームフィタプレタは、近年までアレンテージョでほとんど注目を浴びてこなかったが過去には重要視されていた土着品種(トリンカデイラ・ダス・プラタス、ティンタ・カルヴァーリャ、カステラォンなど)を積極的に生かし、またアレテージョに残される数少ない混植の畑からは高品質のワインを生み出している。アンフォラワインにもいち早く取り組み、こちらも高い評価を受けている。しかし彼は単純な伝統回帰主義者ではない。アレンテージョのワイナリーは完全なグラヴィティ・フロー(重力式構造)。白ワインも主に全房でプレスするが、収穫は手摘みが必要にも関わらず、暑い昼間を避けて夜に行う。主に天然酵母で発酵するがオフフレーヴァーは皆無。結果として出来上がるワインは明確さがあり、過度に熟したニュアンスも見当たらない。樽の効かせ方も正確だ。フィタプレタの真骨頂は、アレンテージョの伝統を元にした現代的なリバイバルにあると思う。単純に伝統品種やアンフォラなどのトラディショナルを蘇らせるのではなく、それを今飲んで誰もが驚くような高い品質のワインに昇華する。だから彼のワインは世界でも類を見ない。彼が率いるフィタプレタは、ポルトガルで最も権威ある”レヴィスタ・デ・ヴィーニョス”誌「プロデューサー・オブ・ザ・イヤー 2020」にも選ばれ、名実ともにポルトガルを代表する生産者となった。今回の記事のためにオンラインでインタビューも行ったが、つい話し過ぎてしまうと笑いながらその熱い思いに話が止まらない姿を見て、改めて素晴らしい生産者だとの思いを強くした。今のポルトガルがどれだけ素晴らしいワインを造っているのか、彼のワインを飲んでぜひ知っていただきたい。アレンテージョという産地は長らく眠れる巨人だったのだ。”レヴィスタ・デ・ヴィーニョス”誌表紙(「プロデューサー・オブ・ザ・イヤー 2020」受賞)別府岳則氏 Takenori BeppuWine in Motion 代表J.S.A.ソムリエ、WSET認定Diploma。レストラン、インポーター、ワインショップを経て独立、コンサルタントの他、各国生産者団体セミナーのワイン講師等を務める。ポートワイン騎士団 騎士、 ViniPortugal(Wines of Portugal)によるInternational Personality Asia 2018受賞。