ポルトガルで注目のワイナリー、フィタプレタを訪問レポート:中村安里 (ヴィレッジ・セラーズ株式会社 企画戦略マネージャー)写真: ジョン・コケイン (同 営業マネージャー)セラードアの前にて初めてのポルトガルワイン――取引のきっかけ私たち夫婦がイギリスより日本に移住し両親が創業したヴィレッジ・セラーズで本格的に仕事を始めたのは2021年2月。それから数か月後、ポルトガル、アレンテージョ地方のワイナリーが日本で輸入業者を探している、と耳にしました。これまでヴィレッジ・セラーズが長年関係を築いてきた生産者の殆どがニューワールドであることは百も承知でしたが、アレンテージョの南にある海沿いのリゾート地、アルガルヴェにはよく家族で行ったり、このワイナリーから車で1時間半ほどの首都リスボンに親友が住んでいたりと何かと思い入れの多い土地だったこともあり、これも縁と思い切ってワイナリーにサンプルを送ってくれるよう頼みました。 それからサンプルが届くまでに数ヶ月、ようやくスタッフ皆で試飲。上品で複雑、酸とフルーツの素晴らしいワインは期待以上でした。さらに品種やテロワールによるのでしょう、これまでのヴィレッジ・セラーズの取扱いワインにはない特徴がたくさん見て取れました。 しかもこれらフィタプレタのワインを手がけるアントニオ・マサニータは、その独創性と自らの哲学に基づいた確かな技術で現在ポルトガルで最も注目を集める醸造家の一人とのこと。その片鱗はここに至るまでのやり取りからも伝わってきました。これは面白いと取扱うことを決め、2月には最初のコンテナも到着。そして水際対策が緩和された5月、さっそくワイナリーを訪問する機会を得ました。ワイナリーについてフィタプレタのワイナリーがパソ・ド・モルガド・デ・オリヴェイラという中世の城跡にあることは知っていましたが、ゲートをくぐってから数キロ続く未舗装の道の先に見えた建物は想像以上でした。フィタプレタは2004年にオーナー兼ワインメーカーのアントニオ・マサニータが始めたプロジェクトで、決して長い歴史をもつ生産者とは言えません。しかし、レンタル・ワイナリーで実績を積み事業を拡大し、2016年に古城のあるこの土地の開発を見ると、いかに彼が「歴史」というものを大切にしているかが分かります。ミニマリスティックなデザインのゲート。その先は乾燥したダートトラックが数キロ続くまずはワイナリー。彼はレンタル・ワイナリーでの経験から、自分たちの醸造方法に最も適したワイナリーはグラヴィティ・フロー(重力式構造)を利用したデザインであるべきとの考えを明確に持っていました。古城に隣接されたワイナリーの外壁は何とコルクで覆われています。「サステナビリティと地場産業応援のため?」と聞くと、「確かにそれもあるけれど、提案された建築デザインに一目惚れした」のだそう。中庭の反対にある古城の一部をワインの熟成庫として使うため、ワイナリーから離れていては効率が悪い。そこでモダンでありながら隣り合う古城の雰囲気を引き立てる外観のアイディアに感動したそうです。濃い茶色のコルクで覆われた建物内がセラードアとワイナリー。14世紀に建てられた古城の外壁から続いている。グラヴィティーフローのモダンなワイナリー古城の一部はワインの熟成に使われている。樽、ステンレス槽、アンフォラを使用(左から:アントニオ、中村(VC)、ダヴィデ(フィタプレタの販売担当)アントニオはパソ・ド・モルガド・デ・オリヴェイラのリノベーションにも熱心に取り組んでいます。ワイナリーとしての実用面からだけでなく歴史を保存するという観点からも古城の再生に力を入れ、資金を投じているのです。古城が建てられたのは14世紀ですが継続的に維持されておらず、さらに19世紀にかなり手が加わった際に中世の特徴の多くが覆われ見えなくなっていました。購入当初より歴史専門家のアドバイスの元で修復作業を進め、中世のチャペル、ローマ時代からとも考えられるオリーブオイルの精製所など数々の遺構を発掘しています。出土品は醸造に利用したり(アンフォラなど)、敷地内の装飾とするなど、様々な形で活用されています。アントニオの妻、アレクサンドラが担当してワイナリーをイベントスペースとして貸し出され、そこから得る収入は醸造設備や古城の修復費用に重要な役割を果たしているとのことです。これからはワイナリーのレストランで使う野菜の自家栽培に力を入れ、古城の上階は宿泊できるようになる予定。全てのプロジェクトはいつ終わりますか、という質問に対し、アントニオは「恐らく自分の世代では終わらないかもしれない。裏を返せば会いに来るたびに新しい何かが出来ているということだから、さらにワイナリー訪問が楽しくなるでしょう。」と照れ臭そうに答えてくれました。ワイナリーと古城の間の中庭。右は古城の外壁だが、19世紀に石壁を塗ったらしくスムーズにレンダリングされている。購入時は建物の外壁全てがこの材質で覆われていたのだが、破損の酷かった部分はあえて剥がし、中世時代からの姿に戻している。(セラードア写真参考)中庭では企業イベントなどが行われ、ランボルギーニのイベントも開催された。敷地内の中世時代のチャペル跡は大人数のダイニングもできる。かつてはあった軒(のき)を外壁に残る支柱のための石や穴を参考にし、元の姿を忠実に再現しようと試みている。色は数年たって落ち着かなかったら塗るしかないとのこと。セラードア付近で発掘されたローマ時代からのものと考えられるオリーブ油精製所跡。長い木の棒で臼を回してオリーブをつぶし、土壌に埋め込まれたアンフォラにオリーブ油を保存していたと考えられる。埋め立てられた壁の向こうから出てきたこのワインセラーはまだ修復作業の最中。ヴィンヤード2016年にパソ・ド・モルガド・デ・オリヴェイラを購入後に植えた、敷地内のヴィンヤード、モルガド・デ・オリヴェィラフィタプレタのワインに使われる果実はアレンテージョ地方数か所の自社畑と契約農家によるものです。自社畑はワイナリーの敷地内に自分で植えた30haほどのモルガド・デ・オリヴェイラ(下記地図①)、最近購入した樹齢50年を超える混合栽培有の土着品種畑、シャオン・ダス・エレミタス(下記地図②)などがあります。契約畑も含め、ヴァレ・デ・セダ(下記地図⑤)以外は全て有機栽培認証を受けており灌漑されていません。契約農家でも自分達と同じ信念で育てる畑の果実だけを使用しています。ヴァレ・デ・セダでは短期間で断続的に表面灌漑のみを行っています。ワイナリー内にあるヴィンヤードマップ。まずここで説明を受け、その後敷地内のヴィンヤードを歩いて回りました。アントニオが灌漑無しにこだわるのは畑の健康を長い目で見ているからです。灌漑が無いと、自然の地下水面などの水へのアクセスがありブドウ栽培に適した土地に、その地にあった果実のクローンのみが生き残ります。レジリエンスのあるクローンが生き残るので、猛暑にも気候変動にも強く長期的に果実を採れることを期待しているそうです。この決心を貫き通すのがどれだけ難しいかはモルガド・デ・オリヴェィラ・ヴィンヤードを歩くと一目瞭然で、植えて数年の畑でも苗木が根付かず、空いているところも見られます。最初の年の苗の生存率は半分以下だったそうで、「もう一度トライすべきか迷ったのではないですか?」と聞くと、「この土地がブドウに適している事は歴史を見ればわかるので、問題は苗木の質ではないかと思いました。ですので同じ品種の果実を別の苗木業者から購入して植え付けたところ、生存率は7割ほどに上がりました。」とのこと。2年前のヴィンテージからワインに使われているこの畑は次世代もしっかり収穫できることを念頭に辛抱強く育てていくそうです。モルガド・デ・オリヴェィラで植え付けから数年経った樹。成長が遅れていたり根付かず枯れてしまった樹も。モルガド・デ・オリヴェィラではワイナリーを囲むように畑が広がる。これは裏庭の向こうに植えられたヴィンヤード樹齢50年近いシャオン・ダス・エレミタス・ヴィンヤードに植えられたティンタ・カルヴァーリャ(フィタプレタ撮影)契約畑のヴィーニャ・ダ・ノラ(上記地図③)は1980年代に植えられ、2015年より有機栽培認証を持っている。醸造についてフィタプレタで最もこだわっていることの一つが手摘みによる収穫です。少しでも質の良くないブドウが入ってワインの味に支障をきたさないよう、選んで収穫した果実をソーティング・テーブルで仕分け。新鮮さを保つために深夜3-4時に収穫をするといいます。「よく収穫の人手が見つかりますね」というと、「それなりの給料を支払うので、人手に困ったことはないです。もちろんその分ワインは割高になるかもしれませんが、努力相応に得られるものがないとそのうち農業から人がいなくなってしまいます。未来への投資だと思えば安いものではないですか」と返されました。ごもっともです。発酵時、多くのワイナリーでは酸化を防ぐことを目的に亜硫酸を使いますが、フィタプレタでは発酵時、亜硫酸を使わず過酸化状態で発酵します。これはモーゼルの白品種によく使われる醸造方法で、マストの還元性を利用します。マストが酸素に触れるとマスト内にあり苦みの元でもあるフラボノイドが酸化され発酵汁内のタンパク質と合併し沈殿します。そのため亜硫酸なしでも発酵汁の酸化を防ぐだけでなく、清澄の必要もなくなるという利点があるそうです。また、亜硫酸を加えないことによって色々な特徴を出す自然酵母が生き残るため、より繊細で複雑なワインに仕上がるそうです。発酵には各畑とワイナリー独特の天然酵母をピエ・ド・キュヴェとして使用し、熟成の際にはかなり細かく分けています。モルガド・デ・オリヴェィラで取れたアリント(白品種)を同畑の天然酵母で発酵させたものとヴィーニャ・ダ・ノラの天然酵母で発酵させたものを試飲させてもらいましたが、同じブドウから造ったワインとは思えないほどの違いが見てとれました。樽ごとに異なるヴィンヤードのブドウと天然酵母で醸造したワインが入っています。ワインメーカーのパトリシアに樽からのサンプルをもらい、試飲。将来の計画ツアーが一通り終わった所で中庭に戻り、 デッキチェアでワイングラス片手にアントニオに色々質問するチャンスが到来。あまりにも会話が弾み過ぎ、数十分のつもりが数時間となり、そのうちアントニオの個人セラーから2007年のバックヴィンテージが飛び出し、アレクサンドラさん(アントニオの奥様でワイナリー・イベント担当)とパトリシアさん(ワインメーカー)も一緒にディナーまで用意していたただき、お話しすることができました。これまで主な販売先はレストランがメインだったフィタプレタがコロナの制限期間中にSNSの動画配信で家飲みファンを獲得し、コロナ制限解除後ワイナリーに訪問してくれた話。同じく制限のあった時期に自家菜園を始めたらハマってしまって今では収穫した野菜をワイナリーのレストラン内で使っているという話。今後リスボンからワイナリー敷地内に住居を移す計画(販売担当のダヴィデには働きすぎ注意をしっかり諫められていました)など、ざっくばらんにさまざまな話を聞かせてもらいました。敷地内の自家菜園「ヴィレッジ・セラーズはポルトガルワインは扱っていなかったのに、なぜアプローチしたの?」と聞くと、「新規のマーケットに進出する時の戦略として、あえてポルトガルワインを扱っていないインポーターを探すことが実は多いのです。ポルトガルワインに対してなんらかの先入観があると、フィタプレタを理解してもらえなかったり、全然特徴が違うのに他のポルトガルワインと一貫として取り扱われることを懸念しているからです。でもポルトガルワインの主力インポーターにも負けない勢いでフィタプレタを日本の皆様に紹介してくださることを期待していますよ」とも言われました。頑張りますので、よろしくお願い致します。(左から) アレクサンドラ、アントニオ、パトリシア、ダヴィデ