◆どこからも遠いグレート・サザンハンター ―― 父はもともと南オーストラリア州リヴァーランドの栽培農家で育ち、子供時代からブドウ栽培は生活の一部でした。祖父がフランクランド・リヴァー地区のロッキーガリーに土地を購入したことから父もその近くで農業をすべく1974年、羊と小麦、菜種栽培のための土地をアイソレーション・リッジに購入しました。ここは名前の通り、隔絶された場所です。パースは世界で最も辺鄙な街の一つと言われますが、そこから少なくとも車で4時間南下します。背後は南半球でも最大級の面積を誇るマウント・フランクランド国立公園の荒野で、60㎞先の南極海までブッシュが広がっています。確かにどこからも遠く感じますが、純粋な自然に囲まれ、素晴らしい暮らしがあります。◆ なぜワインを?――両親はワインを飲むのが好きなだけでなく、ワインに関するあらゆることに情熱を持っていて、収穫を手伝いにボルドーに何度も行きました。1988年、アイソレーション・リッジに小さなブドウ畑を造ることにし、リースリング、シャルドネ、カベルネ・フランをそれぞれ1ha、シラーズとカベルネ・ソーヴィニヨンを2haずつ植えました。初めはどこに向かっているのかも分からない状況だったと思います。当時この地域にあった栽培農家は2軒だけで、このような僻地にワイナリーを建て、醸造を始めるのは大変なことでした。1992年、畑のど真ん中にワイナリーの床のためのコンクリートを敷き、1993年の収穫にやっと間に合わせました。両親は1980年代にあちこち旅をして、世界中の素晴らしいワイナリーを見ていたので、その畑らしさを表現する栽培や醸造に強いこだわりがありました。その純粋な思いが今のフランクランド・エステートの基になっています。◆ フランクランド・リヴァーはどんな所?―― 森と農地に覆われた美しい丘がなだらかに連なり、その高台にブドウ畑が点在しています。畑はブドウ樹のバランスと健康によい鉄分を含む粘土質土壌で排水性が高く、栄養分が高いです。ここは標高280mで、谷間があることが大きく作用し、午後になると南極海からの涼しい海風が谷に沿って上ってきます。日中暑くても午後には気温が下がり、日中30℃でも午後9時には12℃、朝一番には10℃以下になります。ここは面白い場所で、夏に雨が少ないのでいわゆる冷涼気候とは言えないのです。12月までに草は緑色を失い、丘はもっぱら麦わら色になります。ほとんど灌漑をしない畑で長く乾燥した夏を生き抜くため、ブドウ樹は土中深くに根を張ります。乾燥と冷涼さの組み合わせは、ブドウに繊細な酸とバランスに裏打ちされた凝縮感と力強さをもたらし、ワインに優しさとパワーを与えます。この土地ならではの畑の特徴をワインに表現したいと思っています。フランクランド・リヴァー◆ オーガニック栽培はいつから、どのように? ―― 有機農法を始めたのは2005年で、2010年の収穫前に全畑の認証を取得しました。父のやり方もかなりそれに近かったのですが、自分たちの土地や畑に対する理解が深まるにつれ、数年かけて徐々に変更していきました。大切なのは栄養価の高い鉄分を多く含む砂利質土壌をどう扱うかで、土壌を中性に保つため土をアルカリ性にする作物を植え、ブドウが土中の栄養素を吸収できるようにします。畑では土に窒素を戻すため、カバークロップとしてクローバーなどを多用します。ブドウ樹が休眠する冬は畑に羊を放し、伸びた草を食べさせ、栄養になる糞を活用します。また日中はホロホロ鳥の群れが畑の中を駆け回って害虫などを食べ、夜になるとねぐらとなる木に戻り、キツネの番にもなっています。鶏も飼っていますが、これは夜の間に襲われないよう、檻に戻します。有機栽培のおかげで、ブドウ樹は樹齢が上がるとバランスも栄養の吸収もよくなり、果実の風味が変化してきます。樹がより健康的なので、シーズン終盤の乾燥期に受けるストレスが少ないのです。わずかな違いですが、それによってブドウは自然の酸をより長く保持するようになります。そのため収穫を1週間ほど伸ばしてブドウの風味が変わるのを待つことができます。リースリングの場合、初期段階のレモン、ライム、かなり抑制的な典型的オーストラリアン・リースリングから、より風味豊かで酸が柔らかいヨーロッパ的なものに変わってきます。我々は畑でもワイナリーでも「酸が溶ける」という言葉をよく使いますが、毎年シャープで明確な酸が少し柔らかく丸くなるタイミングを狙って収穫します。酸がそう変化すると、自分たちの求めている味わいの構成と酸の輪郭が生まれるのです。果実の風味も白桃、ネクタリンなどさらにエキゾチックになります。当初リースリングは売りにくいからあまり植えないほうがよいと忠告を受けた両親でしたが、リースリング好きの2人は“インターナショナル・リースリング・テイスティング”を企画するなどかなりの時間とエネルギーをリースリングのプロモーションに費やしました。今ではフランクランド・エステートの全生産量の40-45%をリースリングが占めます。◆ 冷涼地赤品種赤品種も樹齢が高まり、バランスと健康状態がよければ、あまり手を加える必要がないと分かってきました。自分たちの畑ではボーメが低く酸のレベルが高いときでもブドウの風味は高まるので、果実の凝縮感や味わいの重量感などを追い求める必要がありません。自分たちのシラーズは、通常イメージされる果実味が前面に出たオーストラリアのシラーズよりヨーロッパ的な冷涼地スタイルなので、今では「シラーズ」というより、どちらかというと「シラー」です。この品種はオーストラリア各地で最も広く栽培され、産地により特徴が異なります。この30年間、自分たちは冷涼地シラーについて宣伝し続けてきましたが、最近やっとこのようなエレガントなミディアムボディ・スタイルが受け入れられるようになってきています。カベルネ・ソーヴィニヨンやカベルネ・フランも樹齢30年以上になり、鉄鉱石からくるミネラル感、つまりテロワールが出てきています。あまりにも果実味が強いと酸がなくなり、その土地らしさを失います。オルモズ・リウォード(ボルドー・ブレンド)で大きな割合を占めていたメルロは徐々に減り、カベルネ・フランの割合が増えています。ちょうど瓶詰めが終わった2021年はカベルネ・フランが95%です。フランクランド・エステートのカベルネは、産地の冷涼な気候をよく表現しています。ブライアン・ケント(主任醸造家)とハンター・スミス(共同経営者 兼 栽培マネージャー)◆ これまでの道のりとこれから―― ワインは一晩で出来るものではなく、数世代かかります。私たちの場合、アイソレーション・リッジの最初の植樹は1988年、7haから始まり、現在は24haです。その後、2005- 2007年にかけて新しい畑を8ha増やし、2021年にはさらに8ha、より高密度で、日中もっとも暑い時間にブドウの房が日陰になるよう北西向きに列を配して植えつけ、今畑は計40haです。西オーストラリアは検疫が非常に厳しいおかげで、まだフィロキセラに汚染されていません。ということは、新しいものを導入するのに時間がかかるのです。フランクランド・エステートにはシラーの新しいクローンが3つあり、性質はそれぞれ異なります。それらをブレンドすることで、これまで以上に魅力的なシラーが造れます。自根のほうが品種らしさやクローンの特徴をより表現できるという確信からすべて自根です。オーガニックの考え方にも沿っていますし、古木を残すのは意義深いことと思っています。幸いオーストラリア、特に南オーストラリアでは樹齢100年以上のブドウ樹がまだ実をつけているので、ここでも可能だろうと考えています。フランクランド・リヴァーでは生産者も多少増え、「伝統的な品種」だけでなく新しい品種を植えている若手もいます。私たちもグリューナー・ヴェルトリーナーやトウリガ・ナショナルを植えました。ハングタイムを長く取ることができるので、グリューナーとカベルネ・ソーヴィニヨンを4月の最終週から5月最初の週に収穫することも稀ではありません。そのころにはかなり気温が下がっているので、ブドウは低糖度でも風味が凝縮しています。《ヴィレッジ・セラーズより》最初にフランクランド・エステートを訪ねたのは20年以上前。延々と続くなだらかな丘陵地の風景に突然ブドウ畑が現れ、とても驚いたことを覚えている。その後、毎年マーガレット・リヴァーを訪れながらもフランクランドまで足を延ばすことは難しく、フランクランド・エステート・ワインの試飲は、毎回ハンターかご両親がマーガレット・リヴァーに出向いてくれて行なうのが常だった。2019年、ようやくフランクランド・リヴァーに彼らを再訪した。ワイナリーやセラードアが大きく変わっただけでなく、ワイナリーまでの道がうっそうとした森の中を走っているようだったのには驚いた。総面積1,000haに及ぶ所有地のうち250haに過去15年で数千本の原生木を植え、自然を戻そうとしていると聞き、納得した。*オルモズ・レポートは、“ブドウ栽培のインディー・ジョーンズ”とも称された栽培専門家の先駆けハロルド・オルモ博士が1956年に発表した報告書。UCデイヴィスの教授だったオルモ博士は1955年、西オーストラリア州の研究機関の招きで現地を8ヶ月間調査し、その報告書の中で世界で初めてフランクランド・リヴァーのプレミアムワイン産地としての潜在性を説いた。フランクランド・エステートのボルドー・ブレンド「オルモズ・リウォード」の名には、彼に対する敬意が込められている(オルモの褒美、の意味)。