今やオーストラリアを代表する銘醸地となった⻄オーストラリア州マーガレット・リヴァー。1972年に設立されたルーウィン・エステートはこの地に最初に創設された5つのワイナリーのうちの1つで、地域の中心的存在としてワイン産業を推進してきました。デニスが面白おかしく語る「ルーウィン、始めの一歩」の心温まる話を裏打ちしているのは、創業以来一貫して変わることのないプロフェッショナリズムと完璧を求める姿勢です。ホーガン家が所有する牧場の土地の可能性を最初に見出したロバート・モンダヴィの指導の下、一家は成功の鍵となるものを当初から見定め、それらを⻑期的な展望と目標のなかで表現してきました。初リリースの1978年ヴィンテージの後、1981年アート・シリーズ・シャルドネは、1982年英国Decanter誌による国際的なブラインド・テイスティングで最高評価を獲得、ルーウィンのワインは突然国際的な注目を集めます。ルーウィン・エステートのサクセス・ストーリーの始まりです。二世代の経営者家族 (左から)デニス、トリシア、シモーヌ、ジャスティン◆ ルーウィン・エステートの誕生とコンセプトデニス――マーガレット・リヴァーで初めてモンダヴィに会ったとき、自分はワインのことは何も知らなかったし、実際、飲んだこともほとんどなかった。モンダヴィはそんな私に”ロールス・ロイス”級の教育を施してくれ、彼のワイナリーや畑を見にナパ・ヴァレーへも行った。ルーウィン・エステートはマーガレット・リヴァーで5番目に始まったワイナリーで、当時参考になるワイナリーは少なく、それに皆、規模がとても小さかった。モンダヴィももどの品種がうまく育つか分からなかったので、最初はいろいろな品種を植えてみたが、何年かして樹が育った時点でいくつかの品種は引き抜き、シャルドネとカベルネをもっと植えることになった。我々は世界最高ランクのワインを造るという目標を掲げていたので、次の課題は世界最高のワインを造っていることを伝えること、つまり適切なマーケティング戦略だった。そこで我々は「ファインワイン、フード&アート」をルーウィン・エステートのコンセプトとした。フードとアートはワインを補う大切な要素で、ルーウィンにとって、非常にうまく機能した。ワイナリー敷地内のレストランで出される素晴らしい料理毎年ルーウィン・エステートで行われるコンサートの様子◆マーガレット・リヴァーの発展とワイン産業デニス――パースに住んでいて最初にサーフィンをしにマーガレット・リヴァーに来た時、ここはほとんど未開の地(アウトバック)といった様子で、道路も砂利道だった。我々がブドウ樹を植え始めた頃、ワイナリーは僅か5つしかなかったが、お互い仲が良かったし、皆マーガレット・リヴァーは世界最高のワインを造れるはずと思っていた。それから瞬く間にマーガレット・リヴァーは「オーストラリアで過去30年に最も急成⻑した田舎町」となった。現在、ワイナリーは220軒、そのうちの18軒が全体の80%を生産し、最初に設立された5つのワイナリーは相変わらず健在で知名度が最も高い。マーガレット・リヴァーのワイン生産量は全オーストラリア全体の3%にも満たないが、プレミアム・ワインの20%以上がここで生産されている。マーガレット・リヴァーは今年50周年記念を迎え、盛大なお祝いをしたところだ。シモーヌ ――マーガレット・リヴァーのワイナリーは今も多くは家族経営で、⻑期的な展望、情熱、ワイン産業に積極的に関わろうとする気概があります。ワインという事業において家族は非常に重要な役割を担っています。マーガレット・リヴァーは、若く、大胆で勢いのある醸造家たちを魅了してやまない憧れの地。今ここには協力しあうことのできる大きなコミュニティがあって、ワインメーカー達は、定期的に集まっては樽から試飲してお互いに学び、補い合い、成⻑しているのだと思います。誰もが偉大なワインを造ることに心を砕いているので、皆が協力的で、エネルギーに満ちた素晴らしいコミュニティです。このように小さな産地が、量的にはオーストラリアワインのごく一部とはいえ、質の高いワインを送り出す銘醸地として認識されていることは本当に大きな喜びです。◆ヴィンヤードでの実践とルーウィンのアプローチシモーヌ――モンダヴィは彼のもっている専門的知識を駆使し、マーガレット・リヴァーに最も適すると考えられる品種を植えました。私たち自身、畑の地勢や気候、土壌に対する理解を深めることで、すべてが少しずつ良くなってきました。途中いくつかやり方を変えたことはありましたが、設立以来、根本的な変更はありません。最初から方向性が正しかったのですね。私たちは本当に恵まれていたと思います。ロバート・モンダヴィ(左)とデニス・ホーガン(右)ルーウィンのシャルドネの樹の多くは、一つの房に未熟な小さな実と⻩金色に完熟した実が混じるジンジン・クローン(メンドーサ・クローン)で、小さな未熟な粒がワインに自然な酸をもたらします。昨年、新たに20h植え付けました。どのように育つか見るため少量のクローン95も使いましたが、大半はジンジン・クローンです。カベルネは「ホートン・セレクション」(スワン・ヴァレーのホートン・ワイナリーで選抜された樹)からの様々なクローンを植えています。当初はゲヴュルツトラミネールも造りましたが、今はありません。リースリング、ソーヴィニヨン・ブランに加え、1999年からはセミヨン、ソーヴィニヨン・ブランブレンドを「シブリングス」シリーズとして始めました。シラーズは早い時期から栽培していた品種の一つですが、植え付けた土地がシラーズに適するタイプではありませんでした。白い石英の土壌で、日光が反射しブドウが焼けてしまったのです。接ぎ木を施し、現在、そこは最高質のソーヴィニヨン・ブランが実っています。シラーズは適した土地を見つけるまで生産を止めていましたが、ルーウィンのホーム・ブロックから約15kmほど内陸に入った所に、日中温かく、夜は涼しく、自分たちが求めるスタイルのシラーズを生み出す土地を見つけました。2000年、10年ぶりに「アートシリーズ・シラーズ」をリリースしました。以前のものとはかなりスタイルが異なり、スパイスとエレガンス、きれいなベリーの果実の特徴を備えた美しいストラクチャーがあります。魅力的な芳香を湛え、カベルネよりも軽やかで、アートシリーズのラインナップにきれいに収まっています。ちょうどこの頃、先住⺠族アボリジニーのアート・コミュニティが始まっていたので、シラーズのアートシリーズは全ヴィンテージ、アボリジニーのアートワーク・ラベルを貼っています。アートシリーズのアートはそのワインや造られた土地についてと同様に、オーストラリアン・アートについても多くを物語っているのです。白ワインに関しては、適した場所に適した品種が植えられ、当初から上手くいっていました。引き続き学ぶことはあるものの、スタイルはほとんど変えてきませんでした。赤ワイン向上プログラムは試行錯誤を繰り返しながら素晴らしい方向に向かいました。2002年、カベルネ・ソーヴィニヨンをシャルドネに匹敵する質に引き上げるための取り組みをすべてワインメーカーたちに任せました。畑では収量を抑え、区画を選んでより細分化し、ブドウの房が陽に当たるようキャノピー・マネージメントを施しました。品種特有の複雑なキャラクターをより表現するため、ブドウ樹に僅かにストレスを与え、粒の小さい実がなるように手入れしました。醸造過程では酸素を多く取り込むよう、より小さな開放型発酵タンクでの発酵に切り替えました。またオーク樽をより洗練されたものにすることで、ソフトなタンニン、一層のエレガンスとバランス、余韻の⻑さが得られるようになりました 。敷地内に広がるヴィンヤードブロック20というヴィンヤードのシャルドネは世界的に評価の高いアートシリーズに欠かせないジンジン・クローン:元々ウェンティ・クローンに由来があるといわれている、雌鶏と雛という小粒と大粒の果実が混ざっている。◆ オーク樽の選択と取扱いシモーヌ――人的介入を減らし、果実の純粋さを保持しようとすると、使用するオーク樽は大きな意味を持ちます。私たちは当初、全く新しい産地だったので、フレンチオーク樽の選択をコントロールしにくかったのですが、今では我々と取引のある樽メーカーは、ルーウィンのように高い評価を得ているワイン造りに喜んで関わり、ワイナリーでサンプリングを行なって醸造家が望むことを理解すべく、フランスから頻繁に訪ねてきます。ルーウィンの醸造家たちも以前にも増してフランスを訪れて産地の森に入り、樽の選択を見て、樽メーカーとより協力的に仕事をするようになりました。ルーウィンでは主に8社の樽を使っていますが、最大で24社と取引をしています。樽を常に試験的に使いながら、異なる樽が生み出す複雑さが品種によってどのような影響を与えるか見ています。キメの細かさ、樽を焦がす程度、ボルドー産とブルゴーニュ産どちらのタイプか、それらすべてがワインに影響します。そのうえ収穫してワイナリーに持ち込まれる果実はロットごとに異なります。アートシリーズ・シャルドネであれば、ブドウは28のロットに分けて摘み取られ、ワイナリーに持ち込まれると、ブドウの特徴に合わせてそれぞれ樽が選ばれます。アートシリーズに向けられるブドウは驚くほど果実味に溢れて力強く、100%フレンチオークの新樽で11ヶ月の熟成を要しますが、プレリュード・シャルドネは1年使用の旧樽で9ヶ月の熟成で、比べると軽やかで早飲みに向くタイプです。ブドウのスタイルごとに使う樽も異なります。赤ワインに使われているボルドー産のオーク樽◆ ブドウの樹齢がワインとワイナリーに与えるインパクトデニス――ブドウ樹が成熟したことで、ワインははるかに繊細で、より親しみやすい味わいになった。また我々もブドウをいつ摘み取るか、ワインはどう取扱うか、自分たちの土地についても多くを学んだ。今ではルーウィンのワインは90点以上、ときには100点の評価を得ることもあるが、それはどんな些細なことでも年とともに少しずつ蓄積してきた知識があるからだ ―― 今の自分の方が20年前の自分よりマシと思うことと同じだ。とはいえ、ブドウ樹はこれまでにないほど深くまで根を張っていて、ブドウ樹の一部はそう遠くない将来、植え替えなければならない段階に近づいている。シモーヌ ――新たに植え付けをするもう一つの理由は、何らかの自己保険といったものです。実際にはブドウ樹が年を重ねてどう変わるのかよく分かりません。古木は今も素晴らしい実をつけます。しかしアートシリーズ・シャルドネのブドウ樹の近くに機械収穫用の機材を持って行くことは決してありません。若木だった頃と比べるとはるかに脆いので、今ではすべて手摘みしています。アートシリーズ・シャルドネに向けられるブロック20は収穫スタッフ75人で3時間かけて、摘み取っています。◆ スクリューキャップとアートシリーズ・ラベルデニス――2004年、スクリューキャップとコルクと半々に瓶詰めしてテストした結果、翌2005年には迷わず全てをスクリューキャップに切り替えた。何年もの試験を重ねた結果、ルーウィンのワインの品質が安定し、⻑命であるための最善の方法はスクリューキャップだと確信したからで、これは品質保持の観点からの決定だった。フラグシップとなるワインのラベルをアート作品を使ったものにすると決めた時、今ではオーストラリアを代表するシドニー・ノーランやジョン・オルセンなど当時気鋭のアーティストに依頼した。初めは「自分はコマーシャル・アーティストじゃないよ」と言った画家たちもルーウィンのワインを見ると、喜んで協力してくれた。「アートシリーズ」のラベルに使ったアート作品はすべて保管している。ルーウィン・エステートでは現在、150のオリジナル作品を所有し、設立時に樽の貯蔵庫だったスペースをアートギャラリーにして、それらを展示している。シモーヌ ――ヴィレッジ・セラーズは、世界の果てのような辺境地にあるルーウィン・エステートとそのワインを日本のワイン愛好家に紹介すべく、自分たちと同じように⻑期の展望を持って、メッセージを伝える努力してくれています。私たち同様、家族経営のヴィレッジ・セラーズは、ルーウィンの素晴らしいパートナーです。ワイナリー敷地内にあるギャラリーには過去のアートシリーズラベルに使われた美術品も数多く飾ってある。ルーウィン・エステートはヴィレッジ・セラーズが創業以来、最も⻑期に亘り、取扱ってきた生産者です。ワインの質は大前提、その上で都市から遠く離れた産地に消費者を引き寄せ、ワインを売るためにトップレストランを併設し、コンサートを催すなど30年以上前から継続される精力的な活動は、まさに明確なヴィジョンがあってこそ。毎年、必ず来日してくれる数少ない生産者の一つでもあります。