モスウッドのワインは自社畑(エステート)、自社畑から1km弱に隣接するリボン・ヴェイル[i]、自分たちで栽培管理する長期契約のエイミーズから造られる。エステート・レンジは、セミヨン、シャルドネ、ピノ・ノワール、カベルネ・ソーヴィニヨンの4アイテム、リボン・ヴェイル・レンジは、ソーヴィニヨン・ブラン・セミヨン、メルロ、カベルネ・ソーヴィニヨンの3アイテム、そしてエイミーズからはカベルネ・ソーヴィニヨンのみ。[i] リボン・ヴェイル・ヴィンヤードは、4人の子供のために規模を広げたいモスウッドと引退したい元オーナーのニーズが合致し、2000年にモスウッドが購入。丘の上から南西斜面に広がる畑で、モスウッドより高台のため、より涼しく収穫も遅い。ブドウの質を高めるため、樹の仕立てなどを改良、収穫から関わった2000年より、リボン・ヴェイル・レンジとしてリリース。Q: マーガレット・リヴァーは、他の新興ワイン産地に比べ、場所・品種・クローンの選定などに試行錯誤が少なかったのでは?キース――マーガレット・リヴァーは1965年発表されたジョン・グラッドストーン博士の研究に基づいてブドウ栽培が始まりました。博士は、ブドウ生育と気候に関し緻密に調査し、マーガレット・リヴァーの可能性を高く評価しました。彼の研究に基づき、マーガレット・リヴァーでは皆ボルドー品種を植えたので失敗はなかったです。その後、ブルゴーニュ品種も植えられ、幸いマーガレット・リヴァーとシャルドネとの相性はよく、ピノ・ノワールもよく育ちました。ただし、すべて初期段階でどれだけ十分に畑を管理したかによります。マーガレット・リヴァーでも新興地としての試行錯誤はありました。ブドウの生育に関する情報がなく、樹の仕立て方は手探り状態でした。モスウッドでは、当初、中央ヴィクトリアの灌漑地区でサルタナスを育てるのと同じ、いわゆるサンレイジア・システムで仕立てていましたが、徐々にスコット・ヘンリーに変えていきました。醸造でも試行錯誤を繰り返しました。うまくいった例では、カベルネ・ソーヴィニヨンは、当初からピノ・ノワールと同じ小さな開口桶で発酵しています。シャルドネもブルゴーニュの技法を理解するため、澱との接触、マロラクティック発酵、フィルターをかけずに発酵する等いろいろ実験をし、かなり変わったシャルドネも造りましたが、今では40年の経験から技術的にかなり洗練されてきました。Q: モスウッドには、今でも最初に植えたカベルネ・ソーヴィニヨンやそのクローンが残っている?キース―― かなり残っています。カベルネ・ソーヴィニヨンはホートン・クローンですが、とても信頼できるので植え替える必要はありませんでした。シャルドネは1960年頃にカリフォルニアのUCデイヴィス校から西オーストラリアに伝わったジンジン(メンドーサ)・クローンで、ひとつの房に大小の粒が混ざって実るものです。カベルネ・ソーヴィニヨンの畑Q: 樹齢の高まりによって、風味に大きな違いが出る?キース―― 数字ではなく経験からですが、樹齢が高くなると、天候やストレスの影響を受けにくくなり、風味の劣化を引き起こしかねない状況にも柔軟に対応するようになります。また樹齢が高まり収量が下がると、果実自体の質は高まり、均等に成熟するので、樹齢が高い畑は、その畑が若かった時に比べ、よりよいワインを造り出すと言えるかもしれません。ただその違いはそれほど顕著ではありません。どの畑でも管理が行き届いていれば、果実は安定して熟します。Q: 収穫はどのように?キース――リボン・ヴェイルのカベルネ・ソーヴィニヨンは一つの畑の中でも斜面に広がる位置によって4つに分かれるので別々に収穫、発酵します。モスウッド(エステート)のカベルネ・ソーヴィニヨンは同じ敷地内に5つの小さい畑に分かれていて、成熟状況が違うので、ここも別々に収穫します。収穫はブドウは熟してから行なうので、数日間、間が空くこともあります。モスウッドのカベルネ・ソーヴィニヨンの収穫は、畑により3週間、違いが出たこともあります。500mしか離れていないのに、地形の違いによって、涼しい畑は暖かい畑より大きく遅れるのです。最良の質を求めるには、収穫期が近づくとすべての畑で、成熟具合を注意深く観察する必要があります。モス・ウッドのカベルネ・ソーヴィニヨン畑全景Q: 畑が異なるブドウはどのように醸造?キース―― 醸造は、基本的に畑ごとに分けて行います。カベルネ・ソーヴィニヨンはリボン・ヴェイルもモスウッドも、樽の種類、樽熟成期間なども含め、全く同じテクニックで造ります。カベルネ・フラン、プティ・ヴェルドも同じです。そのためワインにはそれぞれの畑らしさの特徴が出ます。ただし、リボン・ヴェイルのメルロは、開口ではなく通常の密閉型発酵槽を使います。いろいろ試してみましたが、開口槽でパンチングダウンをするより密閉タンクのほうがよりよい質を得られます。選果の様子Q: ボルドーとの違いをどう説明する?キース―― カベルネ・ソーヴィニヨンで言えば、マーガレット・リヴァーでボルドーワインを造るのではなく、マーガレット・リヴァーを表現するボルドー品種ワインを造ることです。初期の段階では、何がワインの質を決めるのか理解しようと、かなりの時間を使ってボルドーワインを研究しました。その結果分かったのは、自分達はボルドーワインを造りたいのではなく、マーガレット・リヴァーらしいワインを造りたいということでした。質の高いワインを造るために何が必要か、最高品質のボルドーからその技術を学ぼうとしました。畑での管理やワイナリーでの作業が質にどう影響するか、その技術をブドウがよく熟すここマーガレット・リヴァーでどう応用するかということです。少量単位の発酵、すべて手作業のプランジング(発酵槽をかき混ぜる)、注意深く長期に亘る樽熟成など内容は多岐に亘りますが、どれもシンプルなことです。結局は、モスウッドの畑で生まれる特徴をどうやって大切に保ち、最終的に瓶の中に表現するかということです。これは他の品種についても同様です。アレックス ―― ボルドーではポンピング・オーバー(ルモンタージュ)が一般的ですが、モスウッドでは手作業によるパンチング・ダウン、また澱の扱いやマセラシオンのタイミングなども大きく違います。マーガレット・リヴァーのブドウは通常の一般的なボルドーよりタンニンが柔らかいので、ボルドー品種をブルゴーニュ手法で醸造しているのが特徴です。手作業でのパンチング・ダウンQ:モスウッドのワインをどうやって、より若い層にアピールする?ヒュー ―― アレックスとトリスタンと私の3人は、 レストランだけでなく、ちょっとおしゃれなワインバーなどでもイベントをしたり、トレード訪問したりしています。モスウッドは伝統的で保守的なワイナリーと思われがちですが、だからと言って新しい技術や潮流に対応していないわけではありません。バイオダイナミックやオーガニックはないものの、サステイナブルで、どうやって畑を管理し、環境にも配慮しているか話すと理解してもらえます。若い人たちに理解してもらうためには自分たちのストーリーが大切ですが、それは出来合いのものではなく、純粋に自分たち自身のもの、信頼性があるものでなければならないと思っています。モスウッドの本質は、質へのこだわりです。量は少ないですが高品質ワインを造る、それは畑から始まります。平凡なブドウから素晴らしいワインはできません。畑のすみずみまで理解し、最高品質の果実が収穫できるよう、我々5人はかなりの時間を畑で過ごしています。Q:モスウッドのこれまで&これからを一言で...キース ―― 基本的な考え方は今も昔も同じです。以前と変わらず、今も少量ずつ、ハンド・プランジングでワインを造っています。しかし、技術面では常に進化しています。テクニカルな革新が、結果的にさらなる質の向上へとつながっていくからです。 特に今はアレックス、トリスタン、ヒューが中心となって進めています。収穫では畑で選別したブドウをワイナリーでさらに厳しく選果、ダメージを起こす可能性のあるものは徹底的に取り除きます。それにより果実の複雑さと凝縮感をよりよく表現できるようになるのです。一方で、例えば醸造に関するフィルターについては、昔からいろいろと試してはいますが、大切なのは畑の風味を安心して届けることです。購入したお客様にリスクを負担させることはできません。モスウッドは多くの意味でとても保守的・伝統的ですが、自分たちが使う最新の技術は素晴らしく進化していて、ブドウやワインへのインパクトはとても穏やかです。クレア ―― 自分たちの誇りはモスウッド・ワインが持つ質の一貫性です。当然ヴィンテージにより天候は違いますが、モスウッドはどんな年でも、常に高品質ワインを造り続けています。実際、質にこだわるとできることは限られてきます。量を増やすより今あるものの価値を十分に引き出すことが自分たちには大切です。畑での効率化も考えますが、手作業ならではのよさもあります。モスウッドのモットーは、「やるからには最善を尽くす!」です。 キース & クレア・マグフォード夫妻【ショート・ヒストリー】1969年: ビル & サンドラ・パネル夫妻 (現ピカーディ・オーナー) がモスウッドに最初のブドウを植える (マーガレット・リヴァーで2番目に拓かれた畑)。1979年: キース・マグフォードがローズワーシー校 (現アデレード大学) 醸造学部卒業後、最初の就職先としてモスウッドに参画。1985年: キースは妻のクレアとともにモスウッドをパネル夫妻より購入。2006年: カーティン大学で栽培醸造学を修めたアレックス・クルタスが、2018年と2019年にはアデレード大学で栽培醸造の学位を取得した息子のトリスタンとヒューが加わり、現在マグフォード家の4人とアレックスの5人で栽培・醸造・販促をこなす。《ヴィレッジ・セラーズより》1994年から毎年仕入れているモスウッド・カベルネ・ソーヴィニヨン。キースによれば毎年の生産量の9割近くがリリースした年のうちに消費されるそうだが、ヴィレッジ・セラーズでは日本人の嗜好に合わせ、キースの表現を借りると「周到な計画を立てて」、毎年仕入れたワインの一部を自社倉庫で保管、熟成させている。