◆2011年7月に、創設者が長年かけて築いたノイドルフに参画したときどう貢献できると思いましたか?トッド ――それまではセントラル・オタゴのフェルトン・ロードで経験を積んでいたので、当然、違った視点を持って参画するわけです。最初は傍に居て、周りの話を聞くことが何よりも大切で、しっかり見て聞いた後、変更してもよいのではと思うことが出てくればティムに自分の考えを伝え、了解を得て進めていきました。時間はかかりますが、相手に礼儀を示すことが大切です。その土地が生み出す素材をどう捉えどのようなワインを造るか、その年の天候、多少はマーケットのトレンド、そして時の経過とともに深まる自分の理解に合わせ、変えていきました。 参画した当初は、ティムとともにピノ・ノワールに多くの時間を使いました。セントラル・オタゴとアッパー・ムーテリーは根本的に違います。自分が慣れている舌でアッパー・ムーテリーを見ないよう、そこでできる果実と生まれるワインを理解するために自分の舌の調整が必要でした。それから自分が確信できることは徐々に変えていきました。結局は自分で決めて、それを責任持って遂行するため雇われているのですから。 ピノ・ノワールについては少し重く、野暮ったくて、タンニンが強いときもあると感じたため、大きく変えました。ムーテリーのスタイルは昔から熟成が必要なフルボディですが、今はワインを熟成させる人は少なく、しかもスクリューキャップになってから熟成のテンポも遅くなっています。ワイナリーで取り置いてリリースするわけでなく、現行ヴィンテージはリリースと同時に販売し、ソムリエはレストランでそのワインを出すわけです。今では素材がよりよくなっているので、もっと繊細なワインを造れる、と7年間の経験を積んで確信できるようになりました。 しかし、最初の1年半は、まずはあらゆることを自分で経験しました。そうして初めて、変更が必要かどうか、決断できるのです。「こういう理由だからこうすべきだ」と言うことをティムとジュディは許してくれたし、それについて自分たちも考えてくれました。素晴らしいことです。ティムは25年以上の経験を持つ醸造家で、今でも醸造に携わっています。単に「ダメだ」ということもできるでしょうが、「任せてあるのだから口出ししない。自分でも試してみる」と言ってくれます。左からトッド・スティーヴンス、ロージー&ティム・フィン南島北部、有名な産地マルボローの隣に位置するネルソンは、ブドウの収量で国全体の約2.5%、ほとんどが小規模生産者だが、この地を有名にしているのがノイドルフ。1978年にティム&ジュディ・フィンによって設立されジャンシス・ロビンソンやボブ・キャンベルをはじめ国内外で高い評価を受けてきた。フィン夫妻はその功績を認められ、2018年には「レジェンド・オブ・ニュージーランドワイン」として、ニュージーランドワイン産業界の権威あるメダル"サー・ジョージ・フィストニック・メダル 2018"を受賞した。◆ セントラル・オタゴとネルソンの違いは?―― 唯一最大の違いは気候です。セントラル・オタゴはニュージーランドでも例外的な疑似大陸性気候、日中はとても乾燥し、夜間冷えます。ネルソンは時々雨が降り、気候も穏やかで、その中でブドウが熟しているか判断できるようになるのに時間がかかります。セントラル・オタゴの物差しをそのままネルソンに当てはめることはできません。セントラル・オタゴの生育期は短くて急激ですが、ネルソンは多少長めで、もっと温暖で穏やか。セントラル・オタゴのような気温上昇や気温の急な変化がありません。 その結果、糖度は高くは上がりません。雨が降るたび、多少バタバタと対応が必要ですが、霜害はないです。ネルソンでは完璧な収穫のタイミングというものがなく、常に何か検討課題があるのです。谷間の低い平野部では霜の心配もありますが、セントラル・オタゴやマルボローほど深刻な問題ではありません。◆ 品種別の生産量は?シャルドネが約40%、ソーヴィニヨン・ブランが30%、20-25%がピノ・ノワール。その他はピノ・グリ、リースリング、アルバリーニョなどのアロマティックな品種です。知名度からはピノ・ノワールとシャルドネがメインです。◆畑はすべて乾地農法ですね?今年のような干ばつの年はどうでしたか?――長い間、灌漑せずにやっています。ネルソンでは長く続く好天気と好天気の間に十分な雨が降りますし、ムーテリーは砂利を多く含む粘土質土壌なので保水力が高く、灌漑の必要がないのです。でも今年のような干ばつでは、ブドウ樹と畝の間に生えている草との水分バランスが心配でした。正直なところ、畑が問題なく対応したことに驚いています。おそらく樹齢によるでしょう。高樹齢の樹は長い時間をかけて地中深く根を伸ばしていて、そこには均等に水分があります。干ばつの影響を大きく受けるのは地表近くです。すでに6年に亘って有機栽培を行っているので根は充分な力をつけたと思います。本当に乾燥していましたが、ブドウの樹勢は年間を通して良いバランスでした。今年は乾地農法を確認する良い機会でした。 収量に影響するのはまずは開花で、今年は良かったです。充分な湿度がないと実や房は雨が多い年に比べて小さくなります。今年は房が軽めで、醸造家には理想的でした。◆有機栽培に変更するプロセスは?――2009年に加わった栽培家のリチャード・フラットマンは、前職でも有機栽培をしていたので、ノイドルフもその方向に向かわせようと熱心でした。それまでティムは慣習的な通常の農法でしたが、元々科学者なので好奇心が強く、常に科学的説明が必要でした。最初は2区画ほどで試験的に行い、確信を持つと次の2-3年で切り換え、認証を取る準備に入りましたが、認証に必要な事項の90%はキャノピー・マネジメントなどですでに行っていることでした。一番難しかったのは、畝間の草とブドウ樹のバランスをどう取るかで、学ぶことは多かったです。◆有機栽培でブドウの質は大きく変わった?――難しい点ですね。他に無数の要因がありますし、年によっても違います。今年のように著しく雨が少ない、難しい年にはブドウは環境によく対応していると思います。おおよそ過去3-4年を見るとブドウは以前より低い糖度でよく成熟する傾向にあり、アルコール度も下がっているようです。以前のワインはアルコールが14-14.5%ありましたが、今では13.3-13%で、よい変化だと思います。しかしこれもその年の天候によるのかもしれません。◆醸造の上で変わったことと、その理由は?―― その年の気候に合わせて変える必要はありますが一貫性が必要で、年の違いの中に蔵元の指紋、つまりノイドルフらしさを表現することが大切だと思っています。ノイドルフの場合、その年によって大きく変えるというより、それぞれの区画をさらに調べて明確な変更を少しずつ行うということでしょう。今のやり方に満足していますので。 現在ノイドルフのワインはすべて野生酵母で発酵しています。ティムの時代には野生酵母の使用、特にシャルドネには積極的ではありませんでしたが、時の経過とともに今ではすべて野生酵母による発酵で、市販の酵母を使う必要はなくなりました。 樽はすべてフレンチオークですが、ムーテリー・シャルドネは新樽比率が30%から10-12%に下がりました。ピノ・ノワールもすべてフレンチオークで、新樽は毎年20-25%です。4-5社のメーカーの樽を使っていますが、ロットにより樽メーカーを変えるほどこだわってはいません。彼らはノイドルフのスタイルを知っていて、それに合う樽を供給してくれていると思っていますので。 ちょうどリリースしたばかりのソーヴィニヨン・ブランは、通常20-25%古樽で発酵、新樽は使っていません。しかし2018年ヴィンテージは樽発酵比率を40%に上げました。発酵後は質感を出すためにそのまま澱とともに4-5か月のみ寝かせて、その後ブレンドします。◆醸造にあたっては、畑の違いをどう表現するのですか?―― 醸造の痕跡を最小限に留めるため、畑によって醸造方法を変えることはしません。シャルドネならロージーズ・ブロックとムーテリーの違いは畑だけで、ワイナリーでは新樽比率も含めてどちらも同じように醸造し、樹齢や畑が生み出す違いやそのニュアンスを楽しんでいます。ピノ・ノワールも同様で、ホーム・ヴィンヤードには常に素晴らしい果実が実る区画があり、ムーテリー・ピノ・ノワールはそのブドウで造ります。それ以外はすべてトムズ・ブロックのブドウです。皆同じように収穫し収穫方法、ワイナリーに届いてからの扱い、醸造方法、すべて変わりありません。。◆最初の畑は40年が経過していますが、寿命は?―― 生産効率で見るなら、樹齢の高まりとともにある時点から収量が減ります。しかし古い樹はその土地のテロワールをより表現してくれます。ノイドルフは生産量ではなく、グラスの中の表現を大切にしています。自分たちのビジネスモデルは計算表ではなく、よいワインを造れるかどうかです。確かに元の畑の収量は落ちていますが、よいワインができるので植え替えるつもりはありません。ムーテリー・ヴィンヤード◆古木の風味はどう変わるのでしょう?―― ブドウはヴィンテージにより気候の違いに対応しますので、この6-7年で大きな違いは感じません。幸いなことにムーテリー・シャルドネの区画には3つの異なる樹齢の樹があります。最終的には全てブレンドされますが、皆同じクローンで、同じ斜面に植えられ、同じ栽培方法。樹齢が違うだけです。ノイドルフではこれらを分けて収穫し、別々に醸造します。樹齢40年と20年の樹は、畑の中で20mしか離れていません。果実には違う風味というより樹齢がもたらす、いわゆる「経歴の違い」のようなものがあります。◆収穫方法やブレンドの仕方が変わった?―― ノイドルフでは40年に亘って畑を拡大すると同時に、他の品種に植え替えたりしてきました。異なるクローンを植えている小さな区画も沢山あり、ワイナリーに運ばれてきた時にはどこから来たか辿れるよう、細心の注意を払って個別に管理しています。シャルドネを例にとると、区画やロットは区別しますが、ムーテリー・シャルドネは特定の畑から来ることが収穫前から決まっています。ですから、醸造を細かく分けるのは区画の違いを理解し将来的に畑を改良して質を向上させるための学習ツールであって、ブレンドに活用するためではないです。ワイナリー&セラードア《ヴィレッジ・セラーズより》トッド・スティーヴンスは2017年、日本初開催のニュージーランド「ファミリー・オブ・12」セミナーで初来日。ムーテリー・ピノ・ノワール2012と2014の比較試飲から2014年以降のノイドルフの進化を分かりやすく説明した後、「表現されるのは畑で、人間の技ではない」と静かに締めくくりました。