◆ペガサス・ベイ誕生までエドワード――元々は、母が当時付き合っていた父にヒュー・ジョンソンの『ワイン』という実にシンプルな名前の本をあげたことが始まりです。父はその本でワインに魅了されたのです。神経科医で1975年の研修休暇をロンドンで過ごした父は、その間ヨーロッパ各地のワイン産地を訪問、自分の好きな品種を育てる気候に似たところはニュージーランドにもあると確信しました。ニュージーランドに戻ると友人グループを集めて、クライストチャーチ郊外の眺めの良い丘の上に0.4haの土地を購入、マウンテン・ヴュー・ヴィンヤードをつくり、様々な品種を植えました。父がワインメーカーとして自宅のガレージで本を見ながら独学で造ったワインは、控えめに言っても良い出来とは言えないものでした。それでもブドウを植えてから10年後の1984年には初めて満足できるピノ・ノワールができました。 父は1985年までにはカンタベリーでのワイン造りの可能性を確信し、独自により大きなスケールでワインを造るため、温暖な場所をカンタベリーのあちこちで探しました。マウンテン・デュ―・ヴィンヤードが位置するカンタベリー平野は、海からの冷涼な東風にさらされ、冷涼な年には果実が熟すのが難しいのです。エドワードは写真中央◆ワイパラにペガサス・ベイ設立ノース・カンタベリーに位置するワイパラ・ヴァレーは、テヴィオットデイル丘陵により太平洋からの冷風が遮られている場所で、当時すでにブドウを栽培している生産者が2名ほどいました。父は風が最大限に避けられる場所として、丘陵地の最も高い場所に向き合う場所で水はけのよい土壌を探し、ワイパラ川から少しだけ離れた高台の3つの段丘に畑を造りました。そこはワイパラ川が弧を描くように曲がる箇所で、畑は2面が川に面していました。私たちの畑はグラスネヴィン砂利層です。これはメイン・ディヴァイド(南島を南北に横断する山脈)から流れる川が何十万年もかけて浸食した土壌が堆積した地層で、幅約5 km、長さ10 kmほどあります。滑らかなグレイワックと呼ばれる粘土質の中に小さな岩片が密集した硬砂岩とその上に風で運ばれたレスと呼ばれる黄土、シルト、ローム層が広がります。このように石が多い水はけのよい土壌は、日中は反射によりブドウ樹のキャノピーの中まで熱を届けるのです。全体的にノース・カンタベリーはカンタベリーの他の地域よりも平均で2°Cほど気温が高く、涼しい産地の中でも温暖なスポットになっています。乾燥した秋が長く続き、ニュージーランドでハングタイムが最も長く、通常収穫はセントラル・オタゴの2週間後、マールボロの1週間後です。メイン・ディヴァイドが雨を遮ってくれるので、気候は非常に乾燥し、病害が少ないです。 最初にブドウを植えた1985年、私は10歳でした。私たち男の子は4人とも約2年間、週末や休日になると畑でブドウを植えていました。冗談で「児童奴隷労働力」と言ってました。当時の父は神経科医として病院でフルタイムで働き、大学で講義を持つと同時に、月~金曜日の夜は開業医としても働いていました。またワイン品評会の審査員、地元紙のワインのコラムへの執筆と多忙で、週末だけ畑に来ました。その間、母が畑の整備やワイナリー建設の指揮をとっていたのです。ヴィンヤードの季節ごとの景色◆ 最初の植え付けと畑の拡張―― ワイパラでは、1985-86年にかけ、2haの区画に1/3ピノ・ノワール、1/3リースリング、残り1/3に他の品種を植えました。それらのブドウ樹はすべて自根で、現在樹齢35年です。その後25年ほど前、接木したディジョン・クローン、クローン5、エイベル・クローンが新たに入手可能になり、畑を拡張しました。現在ピノ・ノワールのクローンは10種、栽培面積は約48haです。 ペガサス・ベイのワインはすべて自社畑のブドウで造られます。エステートシリーズはコンスタントな品質で毎ヴィンテージ造りますが、プリマドンナやマエストロのようなリザーヴワインは、それによってエステートワインの質が損なわれない年にのみ造ります。オペラ好きな母のためにオペラ用語をつけたリザーヴシリーズは、出来栄えがその年最高の樽の中から選ばれますが、いつも樹齢が最も高く、自根のブドウを使った樽です。「メイン・ディヴァイド」レンジは、自社のメイン・ディヴァイド畑とノース・カンタベリーの契約農家のブドウを使います。◆ リースリングと貴腐―― リースリングはペガサス・ベイにとって重要な品種です。リースリングが白ワインの中で最も多いという生産者はニュージーランドでは他にはいません。1988年に植え付けて、1993年にマシューが最初のリースリングを造ると、そのオフドライリースリングは一挙に人気ワインになりました。当然スタイルは変わりました。当初は、アルコール度が低く残糖度の高いフレッシュで伝統的なモーゼル風でしたが、今では収穫時期を遅らせ、よりドライに発酵させます。甘口タイプも同様に収穫・発酵させ凝縮感とコクを出します。この地域のリースリングにはオレンジの皮を思わせるはっきりした香があるのですが、ブドウのハングタイムが長いほどこの特徴は顕著に出ます。ペガサス・ベイの畑は2つの側面が川に面しているため、貴腐菌がよく付きます。また生育シーズン終盤には朝、霧が度々かかります。リースリングのブドウに付く貴腐菌は、ワインに複雑さを加え、きれいな核果(ストーンフルーツ)とスパイスの風味を生みます。ベル・カント・リースリングは貴腐菌が多いブドウで造ります。◆ 微妙に異なるピノ・ノワールの進化―― ペガサス・ベイのブドウは果汁に対して果皮の割合が高いため、風味が凝縮します。これは特に古木に顕著で、自根だからか、または単に樹齢が高いからかもしれません。畑には10種のピノ・ノワールのクローンがあるので、区画ごとに収穫してそれぞれ別に仕込みます。クローンや収穫日など畑での違い、発酵中のマセラシオン、全房発酵の比率、フレンチオーク樽の材質、樽熟成期間など最大40ー50のロットに分け、18-22ヶ月間樽熟成します。ボトリング直前に、全てのロットのワインを試飲し、最終的なブレンドを決定しますが、それはジグソーパズルをつなぎ合わせるようなものです。最終的なブレンドに適さないものは使用しません。この5ー8年間、マシューはタンニンをよりきめ細かく柔らかくして、ワインにさらなる活力と引き締まったシルク感を出そうとしてきました。毎年小規模な試作を繰り返し、ブドウの全房発酵比率はここ数年1/3で良い感じに落ち着いています。◆ シャルドネ――シャルドネは収穫から醸造まで全工程で、最も造り方が進化した品種でしょう。ペガサス・ベイのシャルドネはオーストラリアではジンジンと呼ばれるメンドーサ・クローン100%ですが、そのクローンは一つの房に大小サイズの異なる実がなり、風味はとても凝縮しています。全てのシャルドネの樹は自根で、樹齢35年になりますが、残念ながらそれらは畑の中で最も収量が低いです。以前はもっと実が大きくリッチでよく熟していたのでオーク樽やマロラクティック発酵にちょうど良かったのですが、この10年以上、マシューは果実をそのまま表現したフルボディでありながらより味わいがフォーカスされ、タイトに引き締まり、ミネラル感と若干還元した味わいがあるワインを造ろうとしています。 今は以前に比べてブドウを少し早めに摘み取り、果汁は清澄せず、ゆっくりと時間をかけ完全な自然発酵を行っています。発酵後は500Lのパンチョン樽と30%を小樽で熟成させ、オークの影響を少なくしています。またマロラクティック発酵を約半分にまでに減らしました。ヴィルトゥオーソ・シャルドネはいくつかの樽から厳選したバレルセレクションで、もう1年間樽熟成させます。◆ ホワイト&レッド・ボルドー・ブレンド―― ペガサス・ベイを始めた時の父の口癖は、、料理と一緒に飲むワインを造ることでした。当時、ニュージーランドでは多くの人々がソーヴィニヨン・ブランを造っており、セミヨンとのブレンドは意味なく反対されました。しかし、質感と長い余韻が欲しかったペガサス・ベイは、最初から他の生産者とは一線を画する道を選び、今でもそれは変わっていません。ソーヴィニヨンは果皮の浸漬時間、透明感、クローンなどの違いにより6ー8種類の違う仕込みをします。この2ー3年、ソーヴィニヨンのスキンコンタクトを試していますが、それは熟したフェノールがより豊かな質感を出します。セミヨンは10ケ月間樽熟成させ、その間、オリと一緒に熟成させます。ペガサス・ベイではレイトハーベストの樽熟成デザートワインとして遅摘みのセミヨン100%やソーヴィニヨン100%、また、貴腐のついたセミヨンとソーヴィニヨンのブレンドも造ります。レッド・ボルドーブレンドは、メルロが主体でカベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、マルベックのブレンドを造っていますが、このワインは果実が良く熟していることに皆驚きます。この品種を植えている畑では、キャノピーの内部を開けるためトレリスをスコット・ヘンリーにし、ブドウの房に陽が当たるようにシーズン通して除葉、果実が色づき始めると少なくともその1/3を摘房し、低収量でブドウがしっかり熟すようにします。秋は乾燥しているので、ブドウはゆっくりと時間をかけて成熟します。2年間の樽熟成と1年間の瓶熟成を経てリリースしますが、最高のバレル・セレクションで造るマエストロはリリース前に2年間瓶熟成させます。◆ 長期にわたり高品質な造りを維持する秘訣――ペガサス・ベイは家族経営なので、利益追求の株主の意見に左右されません。父の目的は高品質なワインを造ることで、金儲けのためではありませんでした。両親はワインへの愛着からワイナリーを造ったので、それが原動力です。私はマーケティングを担っていますが、醸造家のマシューに市場にアピールするスタイルのワインを造るようには言いません。自分たちの畑が生み出す最高品質のワインを造るよう努力するだけです。今では家族8人皆が自分のビジネスとして向き合っているので、献身のレベルは高いです。品質維持により大切なのは、常日頃からいろいろ試すことです。マシューは自分のワインに満足しない造り手で、いつもさらに向上することを考えています。 ペガサス・ベイのワインはすべて一つの畑から生まれます。どの品種も細かく区分けし、沢山のタンクで醸造、それぞれの要素を最後まで分けます。手間はかかりますが、これがブレンドに際して多くの選択肢を与えてくれます。瓶詰め直前にする「ブレンディング」はペガサス・ベイにとって重要です。ドナルドソン一家《追記》新型コロナウィルス対策としてニュージーランド政府は3月26日に世界で最も厳しい警戒レベル4のロックダウン(都市封鎖)を実施、生活に最低限必要とされる以外のすべての経済活動が封鎖されました。その中でワイン産業は、農業や食品生産業とともに重要不可欠な産業と見なされ、相互の距離を保ちながらも収穫が滞りなく進められています。このインタビューを行った時、ニュージーランドはロックダウンの2週目。行政の規制に則った対策をワイナリーに導入し、場合により通常より作業に時間がかかるものの、収穫も倉庫からのワイン出荷もスムーズに行われ、ブドウを見ると今年は最高のヴィンテージの一つだろうとのことでした。◆ メイン・ディヴァイド「ペガサス・ベイ」レンジのワインに使わなかったブドウのために始められた企画で、初ヴィンテージは1994年(ペガサス・ベイは1991年)。質を維持するため、一時は南島別産地のブドウを購入していたが、10年ほど前、ペガサス・ベイよりさらに内陸に位置する、同様の土壌の土地にメイン・ディヴァイド・ヴィンヤードを開設。現在1/3は、同じノースカンタベリ―の優良栽培家より購入している。