◆ ワインとの出会いとラジオ=コトーまでの道のりエリック―― 私はニューヨーク育ちで農業やワインに縁はありませんでしたが、コーネル大学で農業工学を専攻するとすぐにワインに興味を持ち、農学部の講義を受けました。また在学中にカリフォルニアで収穫を手伝い、少しの期間ですがUCLAデイヴィス校でもさらに工学と醸造を学びました。コーネルに戻ってブドウ栽培・農業・環境を集中的に勉強し、奨学金を得て「ニューヨーク州北部におけるブドウ有機栽培の可能性」を研究したことがきっかけで有機農業に魅了されたのです。コーネルには質の高いホテルスクールがあり、ここでフード&ワインのクラスも受講しました。大学卒業後はワシントン州東部のオーガニック認証取得の準備をしていたブドウ園に就職し、そこで醸造を経験すると、旧世界のワインを知りたくなりフランスに行くことにしました。1995年と1996年という素晴らしいヴィンテージの年に、ボルドーのバロン・フィリップ・ド・ロスチャイルドとブルゴーニュのコント・アルマン、ドメーヌ・ジャック・プリウールで働くことができたのはブドウ畑と伝統的な醸造手法を経験する最良の機会でした。その時働いたブルゴーニュの畑ではバイオダイナミック農法を実践していたので、それが今の自分の土台となりました。畑が全てで、セラーで手をかけることはほとんどありません。ボルドーでも働きましたが、畑とワインの関係を自分に気づかせたブルゴーニュが、私のワインに対する情熱に火をつけたと言えます。ブルゴーニュには「最も難しいことは何もしないこと」という素晴らしい諺があります。自然の摂理を理解してその営みを守るということです。農作業は高いレベルで最善を尽くす必要がありますが、一旦ブドウを手にすれば後は余計な手出しはしません。1997年にカリフォルニアに戻り、その後、デリンガー(ルシアン・リヴァー・ヴァレー)で4年間働きました。デリンガーは自社畑でその土地らしさを語るワインを造ろうとしていて、それは現在自分たちが行っている「Wine of Origin (原産地ワイン)」のヴィジョンに近いものでした。私は独立しようと懸命に努力し、2001年にようやく実現します。ラジオ=コトーは今年で19回目のヴィンテージを迎えました。オクシデンタル(ルシアン・リヴァー・ヴァレー)に自社畑がありますが、そこはラジオ=コトーが最初のヴィンテージからブドウを使っていた産地です。今私が住んでいる農場は1892年から続いています。当時、多くのイタリア移民がオクシデンタルへやって来てブドウ畑を作りました。主にジンファンデルです。またここはワインだけでなく林業も盛んで、この家も1908年にセコイア材で建てられたものです。◆ ラジオ=コトーの足取り最初はセバストポルを拠点とし、ソノマ・カウンティの西側とメンドシノ・カウンティのアンダーソン・ヴァレーにある畑をいくつか厳選して活動を始めました。2002年の活動開始以来、最も遠く離れた畑でもセバストポルから車で1時間半、それほど遠くありません。今でも変わりませんが、当時から栽培農家に対する私の役割は、農作業を一緒に行うこと、特にブドウ畑での耕作の仕方(farming)について緊密に連絡を取り合いながら進めることです。2012年、ソノマ・コーストのオクシデンタルの町の北にある畑を引き継ぎました。海から13km離れた標高240mの丘にあり、全体がゴールドリッジ土壌**の17haの土地です。沿岸地帯なのでカリフォルニアの中では涼しく、霜は畑に降りることはありませんが、丘のすぐ下のワイナリーには降ります。雪はめったに降りませんが、昨年はありました。冬には適度に雨が降りますが、春から初夏は通常降雨はありません。この場所は1800年代から開拓されたところで、もとの土地は36ha、その農場の一部には1900年代初めに植えられたブドウ樹があります。当時の醸造所がまだ残っていて、今はトラクターを入れる納屋にしています。1946年から続くジンファンデルの古い区画も残っています。この畑ではブドウは多くは実りませんが、土地の歴史の一部でもあるので手入れを続けています。2002年から2007年までは畑の前の所有者のためにジンファンデルを造っていました。2012年から実がつかない区画の植え替えを始め、ピノ・ノワールを3.6ha、シャルドネ1.2ha、リースリング0.4haにしました。年々自社畑に専念するようになってきていますが、まだ緊密に協力している契約畑もあります。2008年にワイナリーが、2018年に自社畑がデメターのバイオダイナミック認証を受けました。自分たちは微調整しながらも自然なワインを造っています。少量の亜硫酸は使用しますが、他の添加物は使用しません。ワインは全て有機もしくはバイオダイナミック農法で栽培したブドウを自然発酵し、清澄も濾過もしていません。私は従来と変わりなく畑に手をかけています。これからも自分達らしく、生産量を増さず、小規模のままでいるつもりです。ラジオ=コトーの生産量は年間約4,000ケース、カウンティ・ライン・ヴィンヤーズも同じ規模です。生産量は増やすよりは、むしろ少し縮小するかもしれません。私は自分のことを「ワイングローワー」というのが好きで、そうあり続けたいと思っています。私の周りには非常に才能のある仲間と醸造チームがいて、皆で力を合わせてやっています。◆ 再生農業(regenerative farming)の早期導入、栽培と醸造への影響自分にとって最も大切なのは、ポイントAからポイントBへどのように辿り着くか、というその過程です。ワインが美味しいというのは、その土地、季節、造った人々を反映していなければなりません。今はこれまで以上に心魂を傾けて畑を耕し、美しいワインを造り、それを人々と分かち合い、できれば周囲の人々がそこから気づきを得られるような存在でありたいと願っています。ワインというのは他作物と違い、これを造るチャンスは年1回しかありません。私の畑はデメター認証を受けたバイオダイナミック農地です。畑周辺には昆虫が多く集まる生け垣があり、鳥やフクロウが好む野生生物の棲家になっています。リンゴ、プラム、オリーブの古い木がたくさんあって、それらを守りながら花梨とフェイジョアを植えています。また「アイ・サイダー」のブランドでシードルを造り、野菜を栽培し、ミツバチ、ヤギ、ニワトリも飼っています。この農場へ来ると、生命の息遣いや人々を感じることができます。1年の大半、週6日をここで過ごすのは大変な仕事ですが、皆には安心して自分達がここでの活動の一部であることを感じてもらいたいです。ワインへのバイオダイナミックの影響は定量化や測定はできないかもしれませんが、感じることはできます。準備や操作は減り、ブドウを摘み取り、発酵させ、圧搾してワインを樽に入れる――いわゆる「非介入的醸造法」です。つまり、それは発酵したブドウ果汁です。人の手を加えることが少なければ少ないほど、地球とこの最終製品のワインとの間にある一貫性を維持することができます。畑に囲まれたワイナリーワイナリーの風景夜間の収穫作業早朝霧の中での収穫作業◆ 畑違いのブドウの醸造とオーク樽近年は、山火事などの予期せぬことが毎年起こるので、母なる自然の気まぐれに応じて農業を行うには、畑の場所に多様性があるのはよいことです。また畑の違いは色々な個性を提供してくれるので、風味の異なるワインを造ることができます。 現在ラジオ=コトーは、ピノ・ノワール、シャルドネ、シラー、古木ジンファンデル、リースリングを手がけています。ブルゴーニュでの経験から、異なる場所にはそれぞれ異なる個性があることを知りました。その違いを捉えて表現するのは楽しいものです。基本的に全てのワインを同じ手法で発酵します。全房発酵の量は、ピノ・ノワールはスタイルの違い、ヴィンテージ、畑の場所により変わります。タンニンが強い畑の場合、全房の量は減らすかもしれません。より乾燥したシーズンでは、梗に多くのリグニンが含まれるので、全房発酵で梗の量が増えるとワインに華やかさ、明るさ、フレッシュさが増すことが分かっています。カリフォルニアが抱える深刻な問題の1つは、気温がかなり高くなる場合があることで、それに対応するためには、ブドウを早めに収穫し、非常に優しく扱ってフレッシュさと自然な酸を保持させなければなりません。全房発酵はそのための手段のひとつになります。樽のセレクションもワインのスタイルの違いに影響を与えますが、私たちは新樽比率を下げています。2002年から2009年までの初期のヴィンテージでは、ブドウは今より少し熟したタイミングで摘み取り、新樽比率40-50%でフレンチオーク樽を使用していました。今では以前より早く収穫し、ピノ・ノワールのおおよそのアルコール度数は14%未満、多くは13.5%以下です。樽については、トップキュヴェのワインには最大30%まで使用するかもしれませんが、その比率は徐々に少なくなっています。樽の焦がしはライトかミディアム・トーストで、木目が細かい材質のものを使用しています。果実には畑の個性が表現されますので、ワインを口に含んだ時にまず果実のフレッシュさが感じられるようにするためです。良質なフレンチオーク樽で熟成させるとワインは美味しくなりますが、ブドウが育ったその土地らしさが失われるので、樽は裏方でいて欲しいと考えています。発酵中の果実◆ カウンティ・ライン・ヴィンヤーズ私は「カウンティ・ライン・ヴィンヤーズ」を“コンパニオン・ラベル(companion label)”、ラジオ=コトーの相棒ブランドと呼んでいます。ラジオ=コトーと同じ人間が、同じくオーガニックもしくはバイオダイナミック農法の畑のブドウを使って造っています。純粋でシンプルな美味しさ、食事によく合い、日常的に楽しめ、バイ・ザ・グラス・サービスにちょうどよいスタイルに造っています。ロゼは常にフラッグシップで、現在ペティアン・ナチュレルスタイルのロゼやスキンコンタクトさせた白を試験的に造り始めています。*単に栽培家、または醸造家ではなく、自分の畑を耕し、そこでブドウを栽培し、そのブドウでワインを造る人という意味** 主にソノマ・コースの典型土壌で、昔海底であった砂質ローム層。水捌けが良く痩せた土地でバランスの良い上質ワインができる。《ヴィレッジ・セラーズより》図らずもラジオ=コトーを扱うようになり、今回カウンティ・ライン・ヴィンヤーズの取扱いアイテムも増やせることになった。2003年よりラジオ=コトーと同様の理念で造られるチャーミングなワインはどれも和食にもとても良く合う。日本語の「わび・さび」という言葉が大好きだというエリック。今回、自然に対する敬意とその美しさをワインに表現しようとする彼の真な取り組みの一端を見ることができた。