Sustainable Development Goals いわゆるSDGsは「持続可能な開発目標」として、すべての人々にとってより良く、より持続可能な未来を築くため、2015年、国連で採択された国際社会共通の17の目標です。2030年までの15年をかけて達成すべきゴールとして、気候変動のみでなく、貧困や不平等など誰一人置き去りにせず、グローバルな諸課題の解決を目指すための具体的な指針が出されています。 ワイン生産者は、農業従事者として自然とより深く関わっています。ワイン造りは畑から始まるという考え方が今では常識となり、自然環境へのより深い理解と配慮からオーガニックやサステイナブルな農法を行動規範とする生産者が多くなりました。さらに近年では、自分の畑や醸造所だけでなく、それを取り巻く諸々の自然&社会環境を考慮しなければ真にサステイナブルにはなり得ないという考え方も広まり、生産者はそれぞれ身の丈に合った数々の面白い取り組みを行っています。そうした多くの生産者の中から、今回は6つの生産者の活動をご紹介します。 エイ・トゥー・ゼット・ワインワークスオレゴン州皆が幸せな社会を目指してエイ・トゥー・ゼット(A to Z)は、オレゴンのドメーヌ・ドルーアン初代ジェネラルマネージャー夫妻とアーチェリー・サミットとチュヘイラムで醸造家を務めていたカップルの4人が「ローコスト&ロープライスのヴァリューワイン」を造ることを目指し、2002年に始めたネゴシアン・プロジェクトです。オレゴン州一帯の栽培農家からブドウを調達して造るワインは、品種特徴が純粋に表現されたバランスのよい味わいで国内外に幅広いファンを獲得しています。 A to Zはオレゴン州とワシントン州で栽培と醸造に関する教育や認定を行う非営利の組織LIVE(Low Input Viticulture & Enology)のメンバーとして、100以上のブドウ栽培農家と協力し、持続可能な農業を支えるプログラムの支援を行っています。また生態系や農業で重要な役割を担うミツバチの保護活動に注力し、自社畑と契約畑で減農薬、化学薬品・殺虫剤不使用によってその生態を守る他、オレゴン州立大学など複数のミツバチ研究・支援活動に積極的な寄付を行っています。A to Zは地域社会や消費者、従業員、環境すべてにとって「良い」企業のあり方を提唱するアメリカのNPO(非営利団体)B Labの活動に賛同し、BCorp認証を受けています。BCorp認証は、営利企業において、従来型の利益のみを追求する価値観ではなく、公益性を示す指標として、世界70ヶ国以上の3000社余りが取得。A to Zが“サステイナブルな「良い会社」”でありつづけようとすることの意思表示とも言えます。ブルックスオレゴン州ウィラメットヴァレー1%を地球のためにブルックスは2000年代初め、オレゴンで最も早期にバイオダイナミック農法を取り入れたワイナリーで、15種類ものリースリングを手がけるオレゴンきってのリースリング・プロデューサーです。生産量は小規模ですが、畑を一望するセラードアの雰囲気やとワインとのペアリングが楽しめる料理の評判も高く、『オレゴン・ビジネス・マガジン』のアンケート「オレゴンで訪れたうち最も好きな場所」のワイナリー部門で2019年から3年連続1位の座に輝いています。 ブルックスは2019年、収益の1%を地球環境のために寄付する活動を行う、世界3400社以上からなるグローバルネットワーク 1% for thePlanetに参加。年間総売上の1%を地球の環境を取り戻す活動や関連組織に寄付しています。1% for the Planetはアウトドア用品メーカー、パタゴニアの創設者とフライフィッシング用具のブルー・リボン・フライズ社の創設者が2002年、共同で設立したNPOで、加盟する企業・個人からの寄付金は気候変動対策、自然エネルギー、環境教育、食品、土地、水、野生生物の保護支援など多岐にわたる活動に充てられます。2021年には低炭素社会の実現を目標とするイギリスの環境保護団体Ecologiに加わり、アフリカ諸国への植林をはじめ世界各国でのCO2排出量削減に向けた活動のための寄付も行なっています。またブルックスはAtoZ同様、企業としてBCorp認証を取得しています。アタ・ランギニュージーランド、マーティンボロー固有の自然環境を守る活動ニュージーランドTOP5の最初に挙げられる蔵元アタ・ランギは、長年、自然環境保護活動に力を入れていることでも知られます。 アタ・ランギがその1つ目として挙げるのが、ブッシュ・ブロックの植林活動です。ワイナリー創設者のクライヴ・ペイトンは、ウェリントン地域アオランギ森林公園に隣接する広大な原生林(ブッシュ・ブロック)を取得し、2002年以降、絶滅したと思われていたニュージーランド固有の樹木ラタの一種を、森を探索中に見つけた1本の木を元に苗木を増やし、75,000本以上植樹してきました。これは、ポフツカワやラタなどニュージーランド固有の樹木の保護を行なう活動「プロジェクト・クリムゾン」の一環でもあります。アタ・ランギはこの活動を支援するため、クリムゾン・ピノ・ノワールの収益の一部を寄付しています(詳細はこちらよりご覧ください)。 またブドウ栽培から醸造までの持続可能性の実践についての基準を定めるワイン生産者主導のプログラムSWNZ(Sustainable Winegrowing NZ)の1995年創立時メンバーであり、ISO14001*認証もニュージーランドのワイナリーではパリサーに次いでいち早く取得しています。ワイン造りの各工程で“サステイナブル・プロジェクト”に取り組み、自社畑は2014年にBioGro認証**を取得、堆肥はワイナリーから出る絞りかすや森・海の自然な有機物をコンポスト化して利用します。醸造時の冷却は最小限にとどめ、多くの場合は常温で自然発酵、ワイナリー屋根の太陽光パネルで日中の電力需要のほとんどを賄います。さらにCO2排出量削減のため、ボトルは国内産の軽量ボトルを、カートンは最もリサイクル率の高い素材を採用しています。『ヴィレッジ・セラーズワインカタログ』2018冬 掲載記事も合わせてご覧ください。アタ・ランギ醸造家インタビュー【すべてはブドウ栽培から始まる】パリサー・エステートニュージーランド、マーティンボロー自然と社会と企業、 三位一体でこそのサステイナビリティ投資家グループによって設立されたパリサー・エステートは、アタ・ランギなどマーティンボローのパイオニアから遅れること約10年、1984年に初めてブドウを植え、1989年、当時のマーティンボローでは桁外れに大規模なワイナリーを建設しました。当初よりシャルドネとピノ・ノワールに注力、明確なヴィジョンと安定した経営のもと、早くよりプレミアムのエステート・レンジとエントリーレベルのペンカロウ・レンジを造り分け、世界市場を視野にマーケティングも進めました。 先見の明があるパリサーは、サステイナブルという概念が市場に出てきた当初より、サステイナブルを土壌(自然環境)、人間(地域社会)、ビジネス(企業の社会的責任)の3つの面で捉え、自然環境にとどまらず従業員や顧客なども含めた企業を取り巻く環境全てに悪影響を及ぼすリスクの低減と改善への取り組みに力を入れてきました。2004年に世界で初めてISO14001*認証を取得したワイナリーの一つで、2009 年には同じく、ワイナリーとしては世界で初めて、二酸化炭素などの排出量測定削減認証制度CEMARS (Certified Emissions Management And ReductionScheme)の認証を取得。現在、畑の半分以上はBioGro認証を得ていますが、2025年までに残りの畑もオーガニック栽培に転換し、2028年までに7つの畑すべて、計72haで認証を得る予定です。 また地元では、オノケ湖からパリサー湾に注ぐ海岸沿いの砂州(さす)オノケ・スピットの貴重な生態系を保全維持するプログラムのスポンサーを長年務めています。グロセット南オーストラリア州クレア・ヴァレー共生理論を具現化したガイアの畑ガイヤ・ヴィンヤード「世界最高の白ワイン醸造家10人」(英『Decanter』誌)、「世界で最も影響力のある現代醸造家50人」(米『Wine&Spiritz』誌)にも選出されているオーナー醸造家のジェフリー・グロセットは、1981年の設立以来、品種と産地を純粋に表現するワイン造りにこだわり続けています。2000年にコルク栓に代わるスクリューキャップ栓導入をオーストラリアで率先して後押ししたのも、心血を注いだ自分のリースリングにコルク臭など、別の影響が加わるのを極端に嫌ったためでした。 クレア・ヴァレーの標高が高い場所にある4つのグロセットの自社畑はすべて自分で植えた畑で、1992年からサステイナブルでオーガニックな栽培に舵を切り、今は畑もワイナリーも世界で最も厳しい有機認証基準の一つである認証機関AOC(Australian Certified Organic)の認証を得ていますが、グロセットは、認証を得ることが目的ではなく、自分の納得できる質のワインを造る努力の結果、と言い切ります。自社畑の一つ、1986年に植えられたカベルネを主体とするガイア・ヴィンヤードは、標高560mとクレア・ヴァレーでも最も標高が高い場所にある硬く赤い岩質土壌の畑で、四輪駆動車でしか行くことができない吹きさらしの畑ですが、凝縮した高品質のブドウが安定的に生まれます。英国の科学者で環境主義者でもあるジェイムズ・ラヴロックの「ガイア理論」(人間と環境の持続可能性は切り離せない表裏一体なものとする共生理論)に共感して始めた殺虫剤・除草剤などを使わないこの畑の農法は、当時のオーガニックでサステイナブルな理論および実践における新しい基準となりました。2009年には、グロセット・ガイア基金を設立し、若者・文化芸術・調査研究・環境などの問題に積極的に取り組む持続可能な団体や教育機関への資金協力を続けています。『ヴィレッジ・セラーズワインカタログ』2017冬 掲載記事も合わせてご覧ください。グロセット醸造家インタビュー【リースリングを通じてワインの新潮流を創る ―― 世界を変えてきた探求心と真摯な情熱】ボデガ・コロメアルゼンチン、サルタ州ヴァレ・カルチャキ社会インフラを整備し、地域社会に貢献する近年マルベックやタナなどが各種の雑誌や品評会で高い評価を得て、世界的な注目を浴びるボデガ・コロメは、通常ブドウ栽培は不可能と思われる南緯23°強の南回帰線上にありますが、標高1,700-3,111mに及ぶ高地の4つの自社畑に育つブドウは、強い紫外線、昼夜の大きな気温差などの影響から、果皮は厚く色濃く、果実味が凝縮し、酸とタンニンの構成がしっかりした実をつけます。1831年創業のボデガ・コロメは、現存するアルゼンチン最古のワイナリーで、土着品種のワインの他、フィロキセラ以前のフランスからマルベックやカベルネ・ソーヴィニヨンなどを輸入し、ボルドースタイルのワインも造っていました。2001年、スイスの実業家ドナルド・ヘス夫妻は、それまで化学肥料や薬品などが使われていないこの畑とワイナリーを購入、地元住民約1500人を雇用する産業を興すとともに、地域住民のため、水道や電気だけでなく、病院、スーパー、保育園などの社会インフラを整備しました。長く放置された畑については、その土地に合ったバイオダイナミックの栽培方法を模索しながら整備拡張を進めました。乾燥した気候に恵まれ、農薬散布の必要もありませんでしたが、ブドウの新芽が大好物の野生ロバは、地元住民に神聖視されているだけに対応に苦慮したといいます。 科学的な栽培理論と近代的な醸造設備を導入したワイン造りによって僻地に産業を興すと同時に、社会的責任を持つ地域コミュニティを創造するボデガ・コロメのあり方は、彼らの考えるサステイナビリティを一つの形にしたものと言えます。ワイナリーに併設されたビジターセンターは、今では海外から毎年数千人が訪問する観光地ともなっています。ワイン観光に取り組むワイナリーのアワードWorld's Best Vineyard 2021では、世界35位に選出された。『ヴィレッジ・セラーズワインカタログ』2021冬 掲載記事も合わせてご覧ください。ボデガ・コロメ醸造家インタビュー【標高が高い産地で生まれるワインの魅力を追求する】* 環境マネジメントシステムに関する国際的な認証。取得した組織は、地球環境へ配慮した活動を行っていると国際的に認められることになる。** バイオグロは、NZを代表する有機認証機関。基準は厳しく、認証には書類審査のほか、農場や全施設の立ち入り検査が行われ、3年連続で合格する必要がある。