◆ ホークスベイの魅力ウォーレン――ホークスベイの強みは、冷涼気候でありながら比較的温暖だということです。具体的には、ヤラ・ヴァレーやマーガレット・リヴァーやソノマの冷涼な年、ブルゴーニュのとても寒い年、またはタスマニアの温暖な年と近く、常にこういった周縁のような気候にあると言えます。夏は30℃になるのは10日間ほど、かなり暑い年でも15-20日ほどで、今年30℃を超えたのは3日間だけでした。それでも寒すぎることはなく、果実は風味豊かに熟し、常にフレッシュな酸味を備えています。土壌は、河川がもたらした泥や小石や砂の堆積土壌もあれば、高台にはより面白い、白い粘土、砂岩、石灰岩質の土壌もあります。土壌も気候も多様性に富み、ニュージーランドの中でもユニークな産地です。ナルロロ川◆ トリニティ・ヒル:名前の由来―― 名前は1993年設立当時の3組のパートナーに由来します。主任醸造家のジョン・ハンコックと妻のジェニファー、ロンドン中心部に位置するブリーディング・ハートなど有名レストランを複数所有するロバート&ロビン・ウィルソン夫妻(ロビンは35年以上英国在住のニュージーランド人)の2組が中心となり、投資家のトレヴァー&ハン・ジェインズ夫妻とともにギムレット・グラヴェルズに畑のための土地を購入、ワイナリーを造ったのです。トリニティ・ヒルはまた、ワイナリーを囲む3つの丘という意味にも捉えられます。◆ シャルドネ、メルロ、カベルネ、そしてシラー―― 10年ほど前は多品種を造っていましたが、現在は、設立当初とほぼ同じ品種構成です。設立当初1994年、18haの土地にシャルドネ、メルロ、カベルネ、シラーをほぼ同じ割合で植え、2001年にカベルネ、シラー、メルロを増やしました。現在のトリニティ・ヒルの畑は全部で42ha、そのうち約17haがシラーです。フラッグシップの「オマージュ」が象徴するように、シラーはトリニティ・ヒルの主要品種です。シャルドネはギムレット・グラヴェルズに6ha。ナルロロ川はかつてハヴロック・ノースに向かって大きく蛇行したとき、小石だけでなくシルトの堆積土壌をギムレット・グラヴェルズに残したので、どちらかというと温暖な場所ですが、シャルドネにとても向いています。カベルネはソーヴィニヨンとフランを合わせて5ha、メルロは5ha、残りは種々混ざっています。面白い品種であっても自分達に合っていないと思われるものは引き抜き、品種構成は当初のように種類を抑えています。これまで「オマージュ」を筆頭に「ギムレット・グラヴェルズ」、「ホークス・ベイ」の3つのレンジでしたが、最近新たに、単一畑ワインと「ロスト・ガーデン」レンジが加わりました。◆ シラー・クローン: ジェームズ・バズビー、ジェラール・ジャブレからの系譜――スコットランド人のジェームズ・バズビーは1830年代、フランスを含むヨーロッパ各地からブドウ樹の切り枝をオーストラリアに運んだことで有名ですが、同じ頃ニュージーランドにも派遣されます。その時持ってきたシラーの切り枝はおそらく仏エルミタージュからで、オークランドの南、テ・カウワタ・リサーチ・センターに1970年代まで残っていた可能性が高いと言われています。トリニティ・ヒルの隣人ストーンクロフトのオーナー兼 醸造家アラン・リマー博士は、当時この研究所に勤めていて、たまたまシラーが引き抜かれると知り、その樹の切り枝をホークスベイに持ち帰りました。その切り枝がバズビーの持ってきたものと同じクローンかどうか分からないにせよ、この研究所から来たことは間違いありません。アラン・リマー博士はテ・マタのジョン・バックや後にドライ・リヴァーを設立するニール・マッカラムの友人で、自分の切り枝を地元ワイン業界のために寄贈、それがこの地の初代クローンとなったのです。トリニティ・ヒルでは最初の切り枝はストーンクロフトから入手し、その後は自分の畑の切り枝を使って増やしているので、出所は明確です。若いうちはリコリス、赤い果実、スパイス、ペッパーの風味があり、緻密さとその土地らしさの表現は、他のクローンには見られない特徴です。もう1つお話ししておきたいのは、仏エルミタージュのドメーヌ、ポール・ジャブレ・エネからのクローンです。ロンドンのウィルソン夫妻がジャブレと親しく、そのツテでジョン・ハンコックは1996年にジャブレで働くことになりました。当主のジェラール・ジャブレと大変親しくなったジョンは、彼らの畑から当時ニュージーランドでは入手不可能だったクローン174と383を譲り受けました。このようなクローンを最初に入手し、増やすことができたのは幸いでした。私たちの最上位シラー「オマージュ」の名には、ジェラール・ジャブレに対するオマージュの意味が含まれています。それ以外にもニュージーランドで入手可能になったクローンをいくつか育ててきましたが、現在のトリニティ・ヒルのシラー・クローン全10-12種類のうち、ジェームズ・バズビー由来のマサル・セレクションとジャブレの174クローンは、私たちのプログラムの要です。◆ 畑では―― 17haのシラーの畑から25-30種類のワインを造ってきました。量は最も少ないもので約1t、プレミアムワインは通常各2tほどです。シラーは3つの自社畑それぞれに植えています。畑は互いに2-3kmしか離れていませんが、小石、シルト、岩の混じり具合が大きく異なります。ナルロロ川に近づくほど石が多く混じり、気温も昼夜ともに他の畑より約3℃高く、収穫は3週間ほど早いです。クローン、収量、樹齢なども関係します。3-4月に雨が降るとヴィンテージが難しくなる場所もあります。より川に近く温暖なクラギー・レンジ側は、雨が降らず乾燥したシーズンであれば最高の場所ですが、早い時期に雨に見舞われた年は樹齢の高い、一番古い畑が安定しています。比較的新しいアイアンゲート・ヴィンヤードは樹齢が10-12年になり、トップレンジのワインを造る条件が揃いました。それくらい時間がかかるのです。時には、若木の良質な果実にも惹かれますが、瓶詰め後2-3年すると質を保つのが難しいです。◆ ワイナリーでは――酵母はあくまでも発酵させるための手段です。シャルドネはほぼ自然酵母を使いますが、シラーはリスク管理上、天然と培養の両方を使います。シラーにおいて酵母管理はそれほど重要ではなく、発酵が健全に進みドライに仕上がることが最も大切です。シャルドネは長年培ってきた酵母が多いので問題ありませんが、赤ワインの発酵が途中で止まることは絶対に避けなければなりません。 トリニティ・ヒルの上級レンジは全房発酵が30-40%で、これによりスパイスのニュアンスや特別な風味が出ると同時に質感も生まれます。樽に関しては、小樽の使用は控えるようになっています。ワイン業界では長年議論されているテーマですが、オマージュやギムレット・グラヴェルズには当初、小樽を使って樽の影響を強くしていましたが、樹齢が高まるとその必要を感じなくなっています。今でも小樽を使うことはありますが、ブドウ自体の美しさを表現するため、もっと大きな特注した5,300Lの樽を使うようになりました。なぜステンレスタンクを使うのか、なぜ小樽ではなく大樽を使うのか、とよく聞かれます。そのような時は音楽に例えて、ステンレスタンクはワインを完璧に清潔に保つと同時に特別な影響は与えないCDのようなもの、大樽はワインに特別な要素を加味することなく長く保存するレコード盤のようなものと説明しています。循環の様子◆ 2021年ヴィンテージは?―― 醸造家はヴィンテージを聞かれると、誰でも「この年も素晴らしかった」と言いますが、実際、難しかった2017年ヴィンテージの後、2018年から2021年までの4年間は、それぞれ少しずつ違いはあるものの、どの年も素晴らしいヴィンテージが続きました。今ちょうどホークスベイ・シラーをプレスしているところですが、素晴らしい質です。ほとんどの生産者にとってワインは最高の出来になるでしょう。特に今年はシラーとシャルドネが最高です。《ギムレット・グラヴェルズ》ギムレット・グラヴェルズの土壌この地のワイン生産者や栽培家がギムレット・グラヴェルズ・ワイングローワーズ・アソシエーションを結成したのは2001年。世界で唯一、土壌によって定義されたワイン産地、ギムレット・グラヴェルズはかつてナルロロ川の川底にあり、小石を多く含む堆積土壌で、1860年代の大洪水により出現した。何も栽培できない不毛の土地と言われたが、1992年、ストーンクロフトのアラン・リマ―博士と支持者達がセメント会社との長い法廷闘争に勝利し、貴重な土壌を砂利採掘業者から守ったことが、今日のワイン産地としての確固たる地位の礎になっている。800haに及ぶ栽培面積の90%は赤ワイン品種。Gimblett Gravels Wine Growing Association ー gimblettgravels.com《ホークスベイ》ニュージーランドのワインの歴史はオークランドとホークスベイから始まる。1850年代に宣教師がブドウを植え始め、1870年代にはワインの生産販売が始まる。20世紀に入ると他の産地同様、恐慌、禁酒法、戦争などの影響で下火になるが、気候に恵まれたこの地域は、1960-70年代には国内での商業用生産が回復する。生産量はニュージーランド全体の10~12%で、マールボロに次いで2番目に大きい産地。広大なホークスベイは、「海岸地域」「丘陵地」「沖積層の平野部」の3つのサブ・リージョンに分かれ、多くのプレミアムワインは、4本の川の氾濫が生み出した平野部に扇状に広がり小石を多く含む堆積土壌のギムレット・グラヴェルズやブリッジ・パー・トライアングルなどから生まれる。トリニティ・ヒルのヴィンヤード