【ワイナリー①】 西オーストラリアの冷涼産地フランクランド・エステート早朝パースを出て約4時間、グレートサザンのサブリージョンの一つ、冷涼地フランクランド・リヴァーに位置するフランクランド・エステートに到着。ワイン産地としてフランクランド・リヴァーが開拓され始めたのは1968年。創立1988年のフランクランド・エステートは、現在は2世代目のハンターとエリザベス・スミス兄弟が経営、世界的にリースリング生産者として名高いが、シャルドネやシラー、ボルドー品種も手がける。暑いイメージを抱かれることも多いオーストラリアだが、南極海から約50㎞の内陸部に位置するこのワイナリーでは白品種も赤品種もクールクライメットの特徴が出ている。畑に立つと体感できるフランクランド川に沿って吹いてくる冷たく乾燥した南風の影響に加え、果樹の密度、棚の方向、そして除葉・間引き等、ヴィンヤード・マネジメントも大きく貢献している。まず株の栽培密度を高める事で根が下へと伸びるように促し、果実のミネラル感を上げる。ブドウ樹の列を東西方向にすることで、一番日光が強い時間帯でもキャノピーが影を作ることができる。また株自体の温度が上がり過ぎないよう、春先に刈ったカバークロップを乾燥させて地面に敷くことで地面の温度を下げ、水分の蒸発を防ぐ。カバークロップ下の地面を触ると、ひんやり冷たい。無灌漑の上、コーヒーロックと言われる鉄石の砂利が粘土質の上に乗ったこの土壌は割れやすくとても水はけがよいので表層マネージメントは特に重要だ、とハンターが丁寧に説明してくれた。ところで、ヨーロッパではかなり異なる気候条件の産地で栽培されるリースリングとシラーズが、ここフランクランドでは、同じ土地でいずれも高い品質を保つことができるのはなぜか? それは秋の終盤まで天候が崩れず日照条件が良いのが理由で、リースリングを収穫した後も約3週間シラーズは熟成する。穏やかな気温が長く続くもう一つの利点は、病気のプレッシャーがほとんどないこと。それにより2006年からオーガニック栽培を継続できているという。恵まれた土地を生かし、最も適した条件でブドウを育てるための細かい気配りこそがフランクランド・エステートが世界的に著名なワイナリーに成長した理由だと実感した。続いてワイナリーの中を見せてもらった。今もっとも力を入れている取り組みは、オークの使い方の見直しとその研究だそうだ。もともとオークがしっかり効いたスタイルを追求していなかったことに加え、20年ほど前にヨーロッパのワイン産地を回り、225L樽と1200Lのフードルで熟成したワインの違いを目の当たりにし、自分たちには大樽がもっとも適していると判断。とはいえ、一気に買い替えるわけにはいかないので少しずつ転換を進め、現在では最小サイズが500L樽、3000Lの大樽もあり、赤白両方の醸造に使われている。大樽で熟成しているシラーズを味見させてもらったが、複雑な芳香が際立つエレガントなワインに仕上がっていた。オークの影響が少ない分、収穫した果実の味がより忠実に表現されるワインになったという。丁寧に育てた果実の味をそのままワインに反映するスタイルをこれからもさらに極め、シラーでも世界的に認知されることを目指しているとのこと。ワインとともに美味しいランチをいただいた後は、バスに乗り込み、100㎞西のペンバートン地区、ピカーディのワイナリーに向かった。【ワイナリー②】ピカーディでピノ・クローンの違いを学ぶもともと林業の町として栄えたペンバートンだが1977年、州政府が実験的にブドウ栽培を始めたことをきっかけに今ではワイン産地として知られる。フランクランド・リヴァー同様、南極海の影響を受けて冷涼。ピカーディはマーガレット・リヴァーのパイオニア・ワイナリー、モスウッドの創立者(1969年創立)でもあるビル&サンドラ・パネル夫妻と息子のダンがよりピノ・ノワールにあった気候を探し求めた結果、1993年ペンバートンに興したワイナリー。ピカーディ設立前から頻繁に渡仏し、ドメーヌ・ドゥ・ラ・プスドールのパートオーナーでもあるビルとサンドラ。ヴィンヤード、ワイナリー、テイスティングルーム、すべてにブルゴーニュの面影がある。最近新しく作られたテイスティングルームの壁には創立者ビルの肖像画がかけられ、テラスからヴィンヤードを見渡しながらピノ・ノワールのクローンについて話を聞く。ワイナリー設立当初はモスウッド時代に栽培していたアップライトとドゥルーピーに加え、3種類のディジョン・クローン(114,115,777)を植えた。2018年ヴィンテージからはブルゴーニュの友人から分けてもらった(誰とは教えてくれない)コルトン・グランクリュからのセレクションも入っている。最初のディジョン・セレクションは主に収穫量や見た目で判断して決めたが、新しいセレクションは実際にワインを造って選んだとのこと。フランス国外にはなかなか持ち出されないクローンだが、ワインの味のプロフィールにさらなる方向性を与えていると話してくれた。ピカーディでは、畑で収穫を手伝うという貴重な経験もさせてもらった。ここはすべてが手摘み。教えてくれるのはここ数年間ピカーディの収穫を担うボランティアたち。コロナ禍で人手が足らず、ピカーディのメーリングリストで募ったところ、退職者たちが大勢手伝いに来てくれたことがボランティアのはじまりだそう。条件は、賃金の代わりに敷地内でキャンプでき、3食付き。実際のところ普通に賃金を払うより高くつくとのことだが、自分たちのワインのファンが楽しみながら作業をしているのが嬉しいという。そして摘むスピードは多少ゆっくりでも丁寧に収穫してくれることがワインの質にも貢献するそうだ。収穫した果実をワイナリーに運び、オープン槽に入れたところで皆に別れを告げ、マーガレット・リヴァーへと向かう。【ワイナリー③】完熟カベルネを追求するモスウッド雲一つない青空に非常にきれいで整った畑の緑が良く映えた緩やかな丘陵。同じ通りにはカレンやヴァスフェリックスといった日本でもなじみのある名ワイナリーが立ち並ぶ、ウィリヤブラップという比較的暖かいサブリージョンに到着。モスウッドは1969年に現ピカーディのオーナー、ビル・パネルが創立した、マーガレット・リヴァーで2番目に古いワイナリー。1985年に当時ワインメーカーであったキース・マグフォードがビルから買い取り、今はキースと妻クレア、そして二人の息子のヒューとトリスタンが醸造と経営する。ヒューとトリスタンが運転するトラックにのってヴィンヤードを見て回る。1991年以降オーストラリアのオークション会社Langtonで長年最高位の「exceptional」に格付けされ続けているカベルネソーヴィニョン以外にもセミヨン、ソーヴィニョン・ブラン、シャルドネ、ピノ・ノワール、メルロ等がある。果実の質にこだわりすべて無灌漑。シャルドネは丁度収穫期、カベルネの収穫まであと数週間あるそう。そのあと2㎞ほど離れた所にあるリボン・ヴェール・ヴィンヤード(2000年に購、植え付けは1970年代後半)も見る。西向きでモスウッドより標高が高いので収穫が2週間ほど遅いそう。テロワールの違いから、こちらの果実はリボン・ヴェールとして醸造している。カベルネに関してはクローンも違うので両方のヴィンヤードで味を見る事が出来、贅沢な時間だった。その後ワイナリーで見学・醸造体験(パンチダウン)をさせてもらいテイスティングへ。フラッグシップワインであるモスウッド・カベルネ・ソーヴィニヨンの30ヶ月間という樽熟成の長さに驚きと感動を得る。ワイナリーの一日を細かく管理し醸造チームを使いこなす2世代目達の活躍を目にする事の出来る貴重な体験となった。【ワイナリー④】デニス・ホーガン氏が若い世代に問いかけるルーウィン・エステート1972年、ロバート・モンダヴィにアドバイスを受け事業家デニス・ホーガンが開拓したワイナリー。フラッグシップワイン、アートシリーズ・シャルドネは1979年の初ヴィンテージ以来幾度もLangtonで長年最高位の「exceptional」に、アートシリーズ・カベルネは「outstanding」に格付けされている。素晴らしテイスティングルーム、レストランに美術館、そして滑走路まであるマーガレット・リヴァーの有名観光スポットでもあり、今は2代目のシモーヌとジャスティンが経営している。GoogleMapでみると大通りの看板から施設まで徒歩25分。ミニバスに乗っていてもまだ着かないの?と思ったほど広大。途中カンガルーの親子に凝視されながらたどり着いたら、栽培責任者のハッチーことデヴィット・ハッチキンソンの案内でヴィンヤードを見学。アートシリーズ・シャルドネに入るブロック20とブロック22ではジンジンクローンについて学ぶ。マーガレット・リヴァー特有の房内の粒の大きさに差のあるシャルドネクローンで、粒の大きさ、そして日焼けをしているかどうかで違ったフレーバーになっている。これらをうまく掛け合わせ毎年アートシリーズを作るそうだ。その後アートシリーズ・カベルネに入るブロック8とブロック9も見学しカベルネとマルベックの違いを見せてもらった。テイスティング・ルームではチーフ・ワインメーカーのティム・ロヴェットにプレリュードとアートシリーズ各品種をバーティカルで飲ませてもらった。マーガレット・リヴァーの気候は基本穏やかでヴィンテージごとにそこまで変わらないのだが、それでも果実に現れる味には確実に違いがある。ヴィンテージの良し悪しの問題ではなく、ヴィンテージごとにどうルーウィンの意思に忠実なワインを造るのかが大きな課題になるという話を受けた。その後、オーナーファミリーとランチ。デニス・ホーガン氏は若いツアーメンバーに向け「10年後どうありたいかをしっかり考えて生きるんだ。」と仰っていた。牧草地だった場所を一代で世界トップワイナリーの一つにしたデニスホーガンという男の哲学。先を見据えた新しいヴィンヤードの開発やオーストラリアではなく世界No,1を目指すヴィジョンがルーウィンの次の10年を楽しみにさせる。【ワイナリー⑤】サステイナビリティの技術を取り揃えたボエジャー・エステートルーウィンエステートとザナドゥという隣人を持つ素晴らしいエリアにフレシネ・エステートがヴィンヤードを最初に植えたのは1978年。そこを1991年に事業家マイケル・ライトが購入しボエジャー・エステートとなった。綿密な土壌調査に基づいて畑を拡張するとともに、自然保全に配慮したサステイナブル農法を実践してきたワイナリーで、2023年以降は全自社畑で有機認証を取得。2018年より娘のアレクサンドラ・ライトが経営している。醸造家ティム・シャンドとセラードア専属ソムリエ、クレア・トノンとヴィンヤードを回る。海から吹く強い風に常にさらされており開花時の悪影響があるものの、日中の気温を下げる、湿気を飛ばす等の利点も多くエレガントな果実が採れる。最初に見せてもらった畑では20年もオーガニック栽培を続けており、長年カバークロップが腐敗しできた深い保水性の高いチョコレート色の土がある。化学肥料や除草剤を使えなくなったなど「出来なくなったこと」よりも、果実の質の向上、畑の回復力の向上など、オーガニック栽培に転換して「得たこと」が多い。今後の課題は灌漑の水の量を減らす事だそうだ。次にワイナリーの中を見せてもらう。2世代目になってからワイナリー内もサスティナビリティに向けての設備投資をしている。冷却用やポンプオーバーの使用電力を下げる断熱性が高くユニークな形のコンクリートの発酵槽や、シュナン・ブランやソーヴィニヨンブランのように芳香高い白品種には窒素を注入する事によって効率よく澱を浮上させて分けるポンプを導入している。今まで3日間冷やし続けて重力で澱抜きしていたのが6時間で完了するので電力の節約にも味の綺麗さにも貢献するそうだ。但しシャルドネは伝統的な樽発酵と樽熟成を保ち、この土地特有のジンジンと仏ディジョン・クローンをレンジによって使い分けているのもまた特徴。ツーリズム賞を数多く受賞したセラードアのティスティングルームで国外にはほとんど出ないスパークリング・シュナンや創立者の頭文字から名付けたMJSシャルドネ、そして赤ワインも数多く試飲させて頂いた。ボエジャー・エステートをあまり知らない方は多種のクローンを使った複雑な味わいのシャルドネ、コンパクトにまとまった使いやすい味わいのシュナンブランから知ってもらえればと思う。これからも前に進み続けるVoyagerに注目!【ワイナリー⑥】石、石、石が素晴らしいブドウの土台、ピエロマーガレット・リヴァーのワイナリーでも初めて醸造家が興したのがピエロ。オーナーのマイケル・ペターキンが1979年にヴィンヤードを始めた時に出た石が日本の城の石垣のように積まれ並ぶヴィンヤードやティスティング・ルーム。ワイナリーの名前の由来は石工を意味する「ピエトロ」とペターキンの名前をかけ、苦行にべそをかくラベルの「ピエロ」とした。ヴィンヤード・マネージャーに案内され石垣の上にあるオリジナル・ヴィンヤードを見学。かなり急な傾斜で畝間が狭い密植。栄養素がしっかりした土壌なのでこれだけの密度でも大丈夫という見解で植え、その結果素晴らしい果実が採れている。急斜面の古樹の為すべて手収穫。早朝から収穫に携わるピッカー達もべそをかいているのではと思うところだが、若く元気なヴィンヤード・チームが醸造チームと一括となり元気に楽しく働いているのが印象的。オーストラリアの代表的なブレンドの一つソーヴィニョンブランセミヨンの先駆者でもあるのだが、収穫後に冷却保存されていたソーヴィニョンブランが2度3度と食べたくなるようなとても美味しい葡萄だった。ワイナリーは新しい部分と古い部分があり、まずは新しい部分を見学。収穫後冷やしてハンドソーティングした果実を圧搾するバッグプレスと発酵槽から発酵槽へ果汁が流れるようにデザインされている。発酵には品種によってはステンレス槽だったりフレンチ・オーク樽だったり。フレンチ・オーク樽は2年目、3年目に使うときは前の年のワインを取り出すタイミングで新しいヴィンテージを注入し、澱を使い直すというユニークな醸造方法も取り入れている。そのままジャラという原始林で出来た大きなドアが印象的な古いワイナリーへ入る。この部屋にあるステンレスの発酵槽はもともとはオーストラリアからイギリスにワインを送るのに使っていた槽で、2枚のステンレスの槽の間にコルクの断熱材が入っている。1000Lと比較的小さいロットで様々なワインが造られている。マイケルもまだまだ健在だが、2016年にはヤング・ワインメーカー・オブ・ザ・イヤーも受賞している2代目ニック・ペターキンによる今後の更なる飛躍に期待したい。スワン・ヴァレーの可能性にかける情熱、ヴィノ・ヴォルタ(VinoVolta)旅の最後は、この時点ではまだ入荷前だったVinoVolta。時間的な制約もありスワン・ヴァレーまで行くことは叶わなかったが、パース近郊にあるワインメーカーのご自宅でディナーをしながらヴィノ・ヴォルタのワイン造りについて話を聞いた。西オーストラリアでもっとも長い歴史を持つワイン産地スワン・ヴァレーの古いシュナン・ブランやグルナッシュ等を尊重して造られるヴィノ・ヴォルタのワインは、ともに醸造家である夫婦の思い出の場所イタリアで出合ったワインから多くのヒントを得ているとのこと。2023年9月にはファミリーで来日予定。より多くの皆さんにこのワインと楽しいVino Volta(=Wine Time)を過ごしてほしい。