西オーストラリア州ワインのミニ知識西オーストラリアといえばマーガレット・リヴァー、さらにシャルドネとカベルネ・ソーヴィニヨンという名声が国際的にも確立している。しかし、それ以外のグレート・サザン*やペンバートンなどでも1970年代より本格的なブドウ栽培が始まっている。小規模生産者が多いが、近年の冷涼地ワインブームも相まって、その品質の高さに大きな注目が集まっています。◆ 西オーストラリアワイン発展の歴史背景当初パースを中心とする沿岸地区で発展した西オーストラリアのワイン産業は、オーストラリアの他の産地に比べ大きく出遅れたが、19世紀末に金が発見され人口が飛躍的に増えると一躍拡大する。しかし、1950年代に羊毛の価格が高騰するとブドウ畑を牧草地に転換する農家も増えた。1955年、現在のサウスウエスト・オーストラリアゾーンに含まれるマーガレット・リヴァー、マウントバーカー、フランクランド・リヴァーなどの冷涼地がプレミアムワイン産地としての可能性を秘めていることを指摘するハロルド・オルモ博士のレポートが報告され、それを補強するようにジョン・グラッドストーンズ博士の気候とブドウ栽培の関連を示す詳細なデータ分析が発表されると、西オーストラリア各地で新たなワインブームが開花する。◆ ダーリング・スカープ西オーストラリア州ほぼ全域に広がる、古代の岩盤土壌が生み出す広大な台地グレート・プラトー。標高230-400mほどのその台地が海岸線の平地に向けて降りていく断層崖はパースの東からペンバートンの南まで続き、ダーリング・スカープまたはダーリング・レンジズと呼ばれ、かつては丘陵・山脈と考えられていた。フランクランド・リヴァー、ペンバートンを含む西オーストラリアの多くのワイン産地はこの平均標高250-300mのダーリング・スカープにある。ちなみにフランクランド・エステートは標高280m、ピカーディは300mにある。*グレート・サザンは西オーストラリア州南端に位置する東西約200km、南北約100kmとオーストラリアで最も大きいリージョンで、気候と地形が大きく異なる5つのサブリージョン(フランクランド・リヴァー、マウント・バーカー、ポロングラップ、アルバニー、デンマーク)がある。オンライン試飲セミナーより◆ フランクランド・リヴァー(グレート・サザン)%3Ciframe%20width%3D%22560%22%20height%3D%22315%22%20src%3D%22https%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fembed%2FzJdygFxN-I0%22%20title%3D%22YouTube%20video%20player%22%20frameborder%3D%220%22%20allow%3D%22accelerometer%3B%20autoplay%3B%20clipboard-write%3B%20encrypted-media%3B%20gyroscope%3B%20picture-in-picture%22%20allowfullscreen%3E%3C%2Fiframe%3Eグレート・サザンで最も北西に位置するサブリージョン、フランクランド・リヴァーは、マーガレット・リヴァーから南東185kmの内陸にあり、西オーストラリアの他の産地より大陸性気候で昼夜の寒暖差は大きい。雨は少なく、ほとんどが冬に降る。しかしフランクランド川が作り出す谷間では、冬は冷気が南の南極海へと押し出され、夏には内陸部で熱が溜まると南極海から冷気が吹き込むため、夏冬とも穏やかな気候だ。フランクランド地方は鉄分を多く含む砂利質土壌が特徴で、これがフリンティなミネラル感をワイン、特にリースリングに与える。◆ リースリングとフランクランド・エステートフランクランド・エステートは、1988年バリー・スミスとジュディ・カラムが設立、現在はその子ども世代が栽培醸造・販売を行う家族経営ワイナリー。毎年「インターナショナル・リースリング・カンファレンス」を開催するなど、オーストラリアを代表するリースリング生産者として国内外に認められ、毎年数種類のリースリングを造る。2009年にオーガニック栽培の認証を取得。現在は、リースリングが全生産量の40%を占める。フランクランド・リースリングのユニークさは、何と言っても鉄鉱石土壌が生み出す「フリンティ(火打石のよう)」なミネラル感だ。自社畑のアイソレーション・リッジ・ヴィンヤードは特に鉄分を多く含み、酸化した鉄の濃い土色から「コーヒーロック」とも言われる。鉄鉱石を多く含む砂利質土壌の下層は保水性のある赤色の粘土質土壌で、灌漑は必要としない。フランクランド・エステートは、夜間の冷涼さが生み出すきれいな自然の酸にこだわる。ハングタイムを伸ばして熟度を高め、酸の強いシャープさが果実の中で変化し、丸みと複雑さが出てから収穫する。この丸みを持つソフトで優しい酸は、発酵後もワインの中に持続する。風味のスペクトルでは、オーストラリアの伝統的なリースリングにあるレモンやライムに比べ、この酸の違いがネクタリンやストーンフルーツの風味をもたらす。果実の質や樹齢の高まりに合わせ、現在はリースリングの10%を大きなオーク樽で発酵させる。ステンレスタンクでも樽でも澱と一緒に熟成させることでリースリングに複雑さが増す。リースリングは長期熟成する品種で、フランクランドでは一部を取り置き、10年熟成リリースを計画的に行っている。リースリングのコメントに付き物のペトロール香については、必ずしも悪いものではなく、ワインの品質・熟成に大切な要素だが、果実香とのバランスが悪いと問題視される。白ワイン、特にリースリングに多く含まれるTDN(1,1,6-トリメチル-1,2-ジヒドロナフタレン)という化合物がこの香りの原因で、ブドウにもともと存在するが、日照時間が長かったり水不足のストレスがあると、より多く合成される。フランクランドではこのTDNを抑えるため、果実がちょうど葉で囲まれたカゴの中で育つように剪定し(vase-shaped pruning)、ブドウの房を強い日射しから守っている。◆ ぺンバートン%3Ciframe%20width%3D%22560%22%20height%3D%22315%22%20src%3D%22https%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fembed%2FBaCVnawXdNo%22%20title%3D%22YouTube%20video%20player%22%20frameborder%3D%220%22%20allow%3D%22accelerometer%3B%20autoplay%3B%20clipboard-write%3B%20encrypted-media%3B%20gyroscope%3B%20picture-in-picture%22%20allowfullscreen%3E%3C%2Fiframe%3Eマーガレット・リヴァーの南東105kmにあるペンバートンは、南極海の影響を受ける冷涼気候で、午後は南極海からの海風が吹いて涼しくなるため、夏でも30℃を超える日はごく稀で、夜間は冷え込む。また地域の大部分は深い堆積土壌で、以前は森林伐採で栄えた地域でもある。初めてブドウ樹が植えられたのは1977年で、1980年代にワイン産地として発展した。ボーヌとペンバートンの気温は収穫期まではとてもよく似ているが、ペンバートンはヴィンテージの最後まで暖かいのでシラーズやそれ以外の品種も熟す。降雨量は1500-1800㎜と西オーストラリアでもかなり多く、その30%は夏に降る。◆ ピノ・ノワールとピカーディピカーディはマーガレット・リヴァーのプレミアムワイナリーの一つモスウッドの創設者ビル・パネルがピノ・ノワールに魅せられ、ブルゴーニュで経験を重ねた後、オーストラリアでピノ・ノワールを造るために始めた家族経営ワイナリーで、現在は息子のダン・パネルが栽培醸造の責任者である。ピカーディがピノ・ノワールのためにこの地を選んだ主な理由は、ペンバートンの生育・成熟期の気温がブルゴーニュによく似ていること、そして鉄分の多いラテライト土壌にある。ペンバートンは肥沃すぎるため、どこにでもブドウ畑を造れるわけではない。畑とワイナリーがあるのは、標高300mとこの地域では最も高い場所の一つで、水はけのよい砂利を含む粘土質土壌が広がる。30㎝ほどの表土の下に、フランクランド・リヴァーと組成は異なるがやはり鉄分を含むラテライトのオレンジ色の砂利質土壌が1-1.5mの層をなし、その下に白い粘土質土壌がある。ピカーディのこだわりは、ピノ・ノワールのクローンにみられる。現在のクローンは11種類、うちモスウッドからのクローンが2種類。残り9種類は2度に亘って、検疫のたびに3年のもの時間をかけて自分たちでブルゴーニュから輸入したクローンで、1度目はブルゴーニュ・セレクション114、115、そして777。2度目は5年前に植えられたコルトンのディジョン・クローン6種類で、これがワインの質と複雑さに大きく貢献しているという。ピノ・ノワールには湿度が高いことが重要で、海からの風が強く夏に雨が降るペンバートンは好条件だが、同時にヴィンヤードでは病気やカビに細心の注意が必要になる。ピカーディでは収穫も含めすべてが手作業で、有機物を多く含む表層を残すため表土の掘り起こしはしない。フランクランド・リヴァー同様、日射しが強く、ブドウが日焼けする危険があるため、太陽が真上を通過するようブドウ樹の列は東西方向に植え、果実が葉の影で守られるようキャノピー・マネジメントを行う。ブドウの樹齢は26年から5年で、今回試飲している2018年は、80%が樹齢20年以上、11クローンすべてを使用し、20-25%を全房発酵している。全房発酵の比率はヴィンテージにより約20-40%、それ以上はタンニンが強くなりすぎるため行わない。一般的にブルゴーニュは石灰質土壌でピカーディとは異なるが、ニュイ・サン・ジョルジュの一部は鉄分を含む土壌で共通点はある。しかし、ピカーディでは、ニュイ・サン・ジョルジュの男性的で強固なタンニンではなく、シルキーでエレガントなスタイルを目指している。ピカーディは1993年に植え付けを始め、最初の収穫は1996年。当初のワインは今でも美味しいが、樹齢を重ねた近年のほうが自然な深みと複雑さを備えていて、特に2018年はそれまでで最高の出来だったという。《ヴィレッジ・セラーズより》この企画は西オーストラリア州政府がワインを買い上げ、参加者に届けてくれたため実現した。井黒さんの的確でありながら温かくユーモラスな進行でセミナーを楽しみながら産地とワインへの理解を深めるものになったと思う。リースリングとシラーズで成功したフランクランド・エステートはメルロとカベルネ・フランを主体としたボルドー右岸スタイルの「オルモズ・リウォード」にも注力している。ピカーディではビル(夫)とダン(息子)を支え続けた影の大黒柱サンドラ・パネルが彼女特有のユーモアを交え、一見優雅に見えるワイン造りの本質を語っている。