植物学者だった故ベイリー・カローダス博士は、自身がヨーロッパで出会ったエレガントで複雑なワインをオーストラリアで造るため冷涼地の栽培スポットを調査し、1969年、当時フィロキセラで絶滅状態にあったヤラ・ヴァレーにブドウを植え付け。ヤラ・イエリングの始まりです。博士は豊富な知識と確固とした信念のもと労力の殆どを畑の管理につぎ込み、綿密なブドウ栽培を行ないました。またステンレスを内張りした0.5tの”茶箱型”発酵槽の開発、除梗した梗の利用など、独自の理論に基づいた醸造を行ない、1973年の初リリース以来、35年間に亘って理想を追い求め、その名声を不動のものとしました。当時もヤラ・イエリングのワインは高価格でしたが、ワイナリーで販売する特定の日には博士のワインを購入したい愛好家の車が長蛇の列をつくったと言います。カローダス博士が開発し現在も使用されている ”ティー・チェスト”(茶箱)と呼ばれる0.5tの開口式発酵槽 ハンド・プランジングをするベイリー・カローダス博士ジョージ・テレヒン栽培監督。カローダス博士の時代から現在まで30年以上ヤラ・イエリングの畑を管理する。2008年にカローダス博士が没し、一時は皆がワイナリーの先行きを心配しましたが、元々博士の顧客であり友人でもあった新オーナーのもと、2013年にサラ・クロウが醸造家として参画するとヤラ・イエリングは、業界に新しい旋風を巻き起こし、市場との接触も再び活発になります。2016年にサラを「カンタス・エピキュール・2017 ハリデー・ワインコンパニオン・アワード」で「ワインメーカー・オブ・ザ・イヤー」に選出したオーストラリア随一のワイン評論家ジェームス・ハリデーは、彼女を「カローダス博士の哲学を引き継ぎながらも、自分なりの要素をワイン造り取り入れ、その優雅さ、純度の高さ、芳醇さ、そして、スクリューキャップの導入により、自分を含めた多くの専門家・愛好家に安堵感と新しい喜びをもたらした」と評価しています。さらに今夏ヤラ・イエリングは、「ザ・リアル・レヴュー・トップ・ワイナリーズ・オブ・オーストラリア2021* と「2022 ハリデー・ワインコンパニオン・アワード」の「ワイナリー・オブ・ザ・イヤー」をダブル受賞。今オーストラリアで最注目の生産者と言っても過言ではないでしょう。現在のヤラ・イエリングとサラ自身について改めて話を聞きました。*「ザ・リアル・レヴュー」は、ニュージーランドとオーストラリアを代表するワインライター、ボブ・キャンベルMWとフオン・フックによるワイン情報サイト。2人が年間に試飲する10,000本以上のワインのスコアを元に、2018年より毎年トップワイナリーリストを選出。https://www.therealreview.com/ワラメイト・ヒルズの裾野になだらかに広がるヤラ・イエリングの29haの畑には、多種多様なブドウが植えられています。ヤラ・ヴァレーはもともと冷涼な産地で、生育期間が長い、糖度が上がりすぎずに風味が蓄積する、昼夜の気温差が大きく酸度が保たれるなど基本的に多種多様な高品質ワインを生みだすことができる気候ですが、そのためには畑の場所の選定が大切だと言われています。サラは、1960年代マージナルな気候と思われていたこの地にカベルネ・ソーヴィニヨン、シラーズ、ポルトガル品種を植えたカローダス博士の先見性を高く評価するとともに、博士が畑の拡張や変更など、より良い方法に気付くと常に改良を加え続け、変化させてきたことに感嘆しています。◆ もし故カローダス博士と話せるなら・・・もしカローダス博士に会えるとしたら何を話したいか、という問いにサラは「わぁ!いい質問ね!」と言いながら、「博士は自分の理想とする畑を実現するために何をどう学び、どのようにアプローチを変えていったかを話し合いたいです。20年でも全く違うのですから、初期の頃ワインがどう変わっていったか知りたいですね」と答えます。畑は常に変化するもので、サラ自身マルサンヌやルーサンヌの畑を拡張したり、新しい品種やクローンを試したりと、常に実験を行っています。初めは小規模で、うまくいきそうであれば次の年に規模を拡大するなど、少しずつその効果を検証しながら進めていくことが肝心と言います。◆ 新しいことを試し続ける「ヤラ・イエリングの過去が自分たちの未来を決定するということをただ受け入れるのではなく、残された遺産である畑の魅力をどうしたら十分引き出せるか、どうしたらその純度をより高めることができるか、50年先を見越しながら対応したい」とサラは続けます。ヤラ・ヴァレーにも地球温暖化の影響があり、収穫は30年前に比べて2週間早くなり、日射も以前に増して強く、年によっては日焼けの被害も出るそうで、そのためにも常に新しいことを試し続ける必要があります。◆ 安いワインではないかもしれないけれどヤラ・イエリングは、若い人たちにとって安いワインではないかもしれないが、「将来は買えるようになりたい」と思って欲しいとサラは言います。2017年のワインメーカー・オブ・ザ・イヤー受賞は若い人へのアピールにもなり、人々が実際にワイナリーに来て試飲してくれるようになった。今年のワイナリー・オブ・ザ・イヤー受賞も、コロナ禍で試飲の機会がなくなってはいますが、ウエブサイトやオンラインでの接触がぐっと増えているそうです。自信を持ってワインを購入してもらうことを願い、今後も市場との接触を続けていきたいとサラは考えています。◆ 「ワイナリーで働く」と決心して20年植物が好きなサラの最初のワインとの出合いは1999年、旅行中の南フランスでビールを飲みながらブドウ畑を眺め、ブドウの葉と土に魅了された時で、帰国後はワイナリーで働くことを決心する。ハンター・ヴァレーのブロークンウッドで初めて剪定作業の季節労働者をしたのが26歳の時、そこで8年間働きながら大学で栽培と醸造を学ぶ。そして18年後の現在、ヤラ・イエリング醸造家兼ゼネラル・マネージャーとして、この伝説的ワイナリーの方向性を指揮している。休みの日には、犬と遊んだり、ガーデニングをしたり、ブッシュ・ウォーキング、料理、友人たちと一緒に飲むことが楽しみとのこと。[その他の主な受賞歴など]2009年 ハンター・ヴァレー・レジェンド&ワイン・インダストリー賞で「ライジング・スター・オブ・ザ・イヤー」受賞。2010年 レン・エヴァンス・チュートリアルを受講できる12名の一人に抜擢。2010年 オーストラリア・ワイン・インダストリー「フューチャー・リーダーズ・プログラム」参加。2018年- ハンター・ヴァレー・ワインショー等、多くの品評会で審査委員や審査会の議長を務める。3 年前に行われた生産者インタビュー「細部を理解し、再構築する。醸造家サラ・クロウの挑戦」(『ワインカタログ 2018 秋』掲載)もぜひ併せてご覧ください。