ヴィレッジ・セラーズでは、一般社団法人日本ソムリエ協会主催「J.S.A.ソムリエ・スカラシップ」への協力の一環として、2019年よりスカラシップ副賞「ルーウィン・エステート・ジ・アート・オブ・ファイン・ワイン賞」の授与をスタート、若手ソムリエを対象とする各年の受賞者に西オーストラリア州の取扱い生産者訪問の機会を提供しています。 2024年は3月に同州7生産者訪問ツアーを実施。今回ご参加のお一人、吉田雄太氏に試飲ワインのコメントを交え、フランクランド・エステート、ピカーディ、ルーウィン・エステートの訪問記を寄稿してもらいました。〈 営業部 門馬靖弘〉◆ 何もない、と思ったけれど ―― フランクランド・エステート( フランクランド・リヴァー)何もない ―― それがフランクランド・エステートを訪れた時にまず思ったこと。パースを出発して約4時間、ひたすら続く直線道路。いつになったら景色が変わるのかと思いながら走り続けた先にフランクランド・エステートのワイナリーは現れた。「アイソレーション(隔絶された)・リッジ」という畑の名も納得。 我々の到着を外に出て待っていてくれたのは、創業家の一員でディレクターのハンター・スミス氏。歩いて向かった畑は、「コーヒー・ロック」と呼ばれる酸化した鉄による濃い土色が印象に残る。オーガニック認証を受け、化学肥料や農薬は一切使用していない。続いて醸造施設では作業中だった主任醸造家のブライアン・ケント氏が仕込んで間もない発酵中のカベルネ・ソーヴィニヨンのタンクを覗かせてくれ、複数の発酵槽からリースリングを、樽からシャルドネを、それぞれ直接試飲させてもらった。伝統的な手法と最新の技術を融合させてブドウの特徴を最大限に引き出すことを目指し、特にリースリングはステンレスタンクでの発酵と長期熟成を経て、フレッシュでフルーティー、純粋な風味が引き出される。 アイソレーション・リッジ・ヴィンヤード・リースリング 2022は鮮やかな酸とミネラル感が印象的で、ライムや青リンゴの香りが広がる。フードペアリングの幅も非常に広く、魚介類はもちろん、野菜や肉とも素晴らしくマリアージュする。新鮮なサラダやポテト、山盛りのお肉を前に広大な畑と原生林を眺めながら、複数ヴィンテージのリースリング、シラー、オルモズ・リウォードと次々味わうひとときは格別で、忘れがたい経験になった。 何もない、と思った人里離れたその場所には、人と食をつなぐ素晴らしいワインがあった。◆ 唯一無二の面白さ ―― ピカーディ( ペンバートン)1993年に設立されたピカーディは、小さな産地の家族経営ブティック・ワイナリーでありながら、細部にまでこだわった品質の高さと独自のスタイルで知られる。特にシャルドネ、ピノ・ノワールは熱烈なファンも多い。 創業家2代目の醸造家ダン・パネル氏がひんやりした熟成庫に迎え入れてくれ、続いて2022年に完成した新しいテイスティングルームに移動。試飲しつつ、説明を聞いた。畑では、収穫までのすべてを手作業で行う。特に力を入れているピノ・ノワールは、11種ものクローンを栽培。これらを巧みに組み合わせて、複雑な風味を引き出す。醸造は伝統的なブルゴーニュ・スタイルを基盤とし、ピノ・ノワールはオープン槽で発酵、フレンチオーク樽で熟成。この方法によりワインは優雅でバランスの取れた風味を持ち、複雑なアロマが引き出される。同様にシャルドネもフレンチオークで発酵・熟成することで、豊かなテクスチャーと長い余韻を持つワインになる。 試飲したピカーディ・ピノ・ノワール 2021は、そのシルキーな口当たりと赤い果実の豊かな風味が特に印象的で、スパイスのニュアンスが絶妙に調和していた。ニューワールドの果実感を全面に出した香り・味わいとクラシックな複雑さの両面を兼ね備え、とても面白い。 パネル一家のワインへの深い愛情と情熱、高い技術を直接知ることができた訪問だった。緩やかな丘陵が続くペンバートンの自然の中で育まれるブドウと丁寧な醸造プロセスの融合から、唯一無二のワインが生まれる。◆ 現地で直に感じた「アート」 ―― ルーウィン・エステート( マーガレット・リヴァー)3月上旬のマーガレット・リヴァーはまだまだ暑い。栽培責任者のデヴィッド・ウィンスタンレー氏が車で畑に案内してくれた(ルーウィンは現在、660haの土地を所有しているそう)。収穫目前の列を覆う白い鳥よけネットが強烈な日射しを受けてまぶしい。ユーカリ林を抜けて、前庭の美しいワイナリーに到着。ワインを「アート」と捉えるルーウィン。アートシリーズのラベルに使われた絵画の原画を展示したギャラリーや、ワインを最大限に活かす料理を提供するモダンレストランなど、ワインツーリズムにとても力を入れていることが伝わってくる。 試飲はアートシリーズをメインにプレリュード・ヴィンヤーズ、シブリングスも交え、品種ごとに年号違いの4アイテム。シニア・ワインメーカーのティム・ラヴェット氏が全15ワインを解説、質問に応えてくれる貴重な時間だった。 気候変動の影響で、世界中のワイナリーが理想の味わいを出すのに苦労しているが、ルーウィンのワインは総じてフレッシュできれいな酸が非常に印象的だ。なかでもプレリュード・ヴィンヤーズ・シャルドネ 2022は味わいや価格のバランスを考えても本当に素晴らしい。洋梨や白桃、カモミールといった力強い香りと樽由来の甘やかなバニラの香りがバランスよく、香りをかいだだけで早く飲みたいという気持ちが高まる。口に含むと、熟度の高い果実からくる芳醇さを感じると同時に、しなやかでハリのある酸味がもう一口、もう一口とついつい手を伸ばしたくなるような感覚にとらわれた。 ワインのみならず、美しい景色や美味しい料理などたくさんの魅力がある。より多くの方々にマーガレット・リヴァーを訪れ、ルーウィン・エステートの素晴らしさを直に感じてもらえたらと思う。