ニックの祖父母、医師のケヴィンとダイアナ・カレン夫妻はマーガレット・リヴァーを高級ワイン産地として確立した「3人の医師」*の一人で、1971年北部のウィリヤブラップに所有していた農場にブドウ樹を植え、ダイアナは西オーストラリアで最初の女性醸造家となりました。ケヴィンとダイアナの娘、シェリー・カレンと結婚した医師のマイケル・ペターキン、ニックの父は1979年に自身のワイナリー、ピエロを設立しました。”ワインにどっぷり浸かって育った”ニックが醸造家になるのは当然とも見えますが、彼の物語にはさまざまな紆余曲折があります。彼が生み出した手づくりワインともいえるラス・ヴィーノは、「あえて違うことをする精神」が生んだ個性的なワインで、今後のワイン業界の新しいあり方を示す一つとも言えます。◆ 個性的なラス・ヴィーノに辿り着くまでニック ―― ワイン一家に生まれたので、子供のころから畑やワイナリーだけでなく、セラードアでも手伝っていました。家でも食事の時、また来客の時は、いつもワインの話で、生活のあらゆる面がワインに関連していました。外からみるとワイン醸造家はロマンティックに見えるかもしれませんが、四六時中その中にいると、きつい仕事で、おまけに一生懸命働いても、すぐに報われるわけではないです。父はブドウを栽培してワインを造りながらも、本業は医師でした。 自分は大きくなるにつれて、畑の雑草取りからタンクの掃除まで全てやりましたが、畑での栽培もワイナリーでの醸造も自分の将来と言うより単なる仕事、勉強や旅行など自分の好きなことをするための資金稼ぎとしか思っていませんでした。高校卒業後はピエロ、続いてポルトガルのエルダーデ・ド・エスポランでヴィンテージを経験し、その後パースの西オーストラリア大学に戻り、生化学と微生物学、併せて財務とマーケティングを学び、時には中断して旅に出て、各地で収穫を手伝っていました。その中には、メキシコのカーサ・マデロ(アメリカ大陸最古のワイナリーで、オーストラリアでのペンフォールズに匹敵する名門)や、トルシャードというソノマやナパに広大な畑を持ち、自社でワインを造りながらも他のワイナリーにブドウを売ることがメインの生産者もありました。そこで働いていた時、ブドウを「大量生産の商品」として売るのではなく、「職人の手仕事」の精神で扱ったら何ができるだろうかと考え始めました。 自分の道が繋がる先を考え出してからは、さらに各地でワイナリーの仕事を経験し、やがてアデレード大学の栽培・醸造学の修士課程に入りました。当初からとても気に入り、数ヶ月も経たないうちにこれが自分の天職だと気づきました。修士課程での2年間は、一緒に勉強していた誰もがワインに焦点をあて、ワイン一色の生活でした。そこでの決定的な瞬間の一つが大学の客員ワインメーカーでゲスト講師のベルタス・フォーリーが主催した南アフリカのシュナン・ブランのテイスティングで、シュナン・ブランの表現の幅広さとクオリティの高さに驚きました。マーガレット・リヴァーにはシュナン・ブランがかなりありますが、主にブレンド用やバルクワインに使われ、素晴らしい質のワインは造られていませんでした。◆ ラス・ヴィーノの始まり―― 大学を出てからは、旅をしながらワインメーカーとして働き、2013年にマーガレット・リヴァーに戻りました。当初は生活のためにピエロで働きながら、日曜日に自分のワインを造りました。ピエロには醸造家の仕事は空きがなかったので、自分のワインを造るため、父にピエロのブドウを買えないか聞きましたが、「ピエロで造るワインは全部売り切れるから、手に入るブドウは全部必要」と断られました。叔母のヴァーニャ・カレン(カレン・ワインズのオーナー兼ワインメーカー)も同じでした。そこで、あえて違うことをしようとする考えを共有する生産者の協力を得て、クラフトワインの小さな会社を設立しました。「ワイン(vino)造りは運(luck)と技(art )と科学(sci ence)」という意味を込めてL.A.S.Vino(ラス・ヴィーノ)という名前にしました。 他の人と同じワインを造る意味はないと思っていました。あえて単純化すれば、多くの造り手は、品種もワインスタイルも瓶の形もラベルもストーリーも同じものを造って、それで違う結果を期待し、市場で熾烈な競争を繰り返しているわけです。ラス・ヴィーノは初めから品種も造り方も、その結果パッケージも、明確で個性的、そんなマイナーな分野でも最高の、他とは違う最高のワインを造ろうとしました。 祖父母や両親がワイン造りを始めたとき、彼らはパイオニアで、ブドウの品種から栽培密度まで、何がうまくいき、何がうまくいかなかったかを試しながら、傑出したワインを造っていきました。フランクランド・リヴァーが新しい産地として始まった頃に訪れましたが、そのときも同様のパイオニア精神を感じました。私は品種の選択、ワイン醸造、そして外観も、他の人々がしていないことに取り組み、ワインへの愛着を表現したかったのです。 実際には、可能な限り有機農法で栽培し、土壌や品種、あるいはその両方の組み合わせがユニークな畑を見つけ、そこから他とは味わいの異なるワインを造るという考え方です。そのような場所を見つけるには時間はかかりますが、この地域で生まれ育っているので、偶然そのような生産者に出会えることもあります。最初の2013ヴィンテージでは3種類造りました。バイオダイナミックのシュナン・ブラン・ダイナミック・ブレンド(CBDB)、野生酵母で発酵したシャルドネ、そしてポルトガルの典型的な3品種、トウリガ・ナショナル、ティント・カォン、ソウサォンのブレンド(パイレーツ・ブレンド)です。その後も素晴らしい畑に巡り合うたび、ワインの種類を増やしてきました。◆ ラス・ヴィーノの特徴―― ラス・ヴィーノの要は品質の高さです。ブドウの品質が第一であり、それを補完するのがワイナリーでの最小限のアプローチで、機械よりも手作業を優先し、ブドウが自然にワインになるのを辛抱強く待つのです。とはいえ、特に初期のころは、あえて積極的に挑戦していました。最初のワインがうまくいかなくとも、失うものはないはずです(と言いながらも、実は最高限度額までの借金を抱えていました)。なので、他の人が気に留めないようなブドウを使って実験的にワインを造りました。発酵は酵母を添加しない自然発酵、今は大樽やアンフォラを使ってテクスチャーの違いを引き出しています。 今でもヴィンテージごとに新しいことを試して学び続けています。2022年には、友人とヴェルメンティーノを4樽造り、そのうち2樽分はブドウを房ごと海水に24時間浸し、それによって亜硫酸の使用量を極限まで減らせるか実験しました。結果は、塩分が強すぎた1樽分はベルモットに有効活用し、残りの3樽は約30%の割合でブレンドしました。そのヴェルメンティーノは海水の約1/2の濃度の塩分(訳注:17~18g/L)を含み、かなり独特の風味と質感があります。 ラス・ヴィーノでは、収穫は手摘み、醸造も手作業、すべて職人の手によってできあがることを表現するため、ラベルも手描き、瓶の形もユニークで、最後は蝋を使って仕上げます。すべてのボトルを手作業で蝋にひたすのは大変な作業です。スクリューキャップの利点は認めますが、使えるボトルの形状が決まっているので、選択の幅が狭まるのです。◆ ラス・ヴィーノの今後とピエロでの立場―― 年間で造るのは、最大でも20~30t。それが少人数のチームと一緒に私が処理できる最大限の量です。おかげで、私はワイン造りのあらゆる面、そしてすべての樽の中で何が起きているのかに直接関わることができます。醸造はピエロで行い、ワインはそれぞれ約200ダースずつ造っています。今後、品質の一層の向上は目指しますが、生産量は小規模にとどめ、当初からのブランド理念を守っていく方針です。 私はピエロのゼネラル・マネージャー(GM)です。父のマイクは3年前に医師を引退、自分が一番好きな醸造と栽培の総責任者をしています。醸造はシニア・ワインメーカーのクリスチャンが、栽培はヴィンヤード・マネージャーのキップが担当しています。私はピエロとファイヤー・ガリーのGMとして、全体の舵取りをしています。プレーヤーたちを輝かせ、全体を見渡しながら、ちょっとした指導や指示を出すこと、また事務処理や書類作成などのビジネス面も見ています。ニックと父でピエロのオーナー醸造家マイケル・ペターキンピエロとファイヤー・ガリーマーガレット・リヴァーにおけるプレミアムワイン造りの歴史は、ピエロのそれと軌を一にする。ピエロは1979年、マイケル・ペターキンが設立。北部のウィリヤブラップに購入した岩がちの土地を開墾し、ブドウ樹を1haあたり4,000~5,500本植樹。高密植栽培のパイオニアである。セミヨンとソーヴィニヨン・ブランのブレンドをオーストラリアで初めて造ったのもピエロ(現在は少量のシャルドネを混ぜるL.T.C.)で、さらにこの地のユニークさを表現した高品質のシャルドネと赤ワインにより、マーガレット・リヴァーが世界的な名声を築くことに貢献した。1998年には近隣のファイヤー・ガリーを買い取り、マーガレット・リヴァーを表現するクラシックな品種を全て手摘み、手作業で仕込み、「ファイヤー・ガリー」の名で驚くほどお買い得なワインを送り出す。* カレンズを設立したケヴィン・カレン、モスウッド創業者(後にピカーディを設立した)ビル・パネル、ヴァス・フェリックス創業者トム・カリティは、3人ともワインに情熱を燃やした医師。** ダーリング・スカープ(崖)またはダーリング・レンジズと呼ばれる一帯は、標高230-400mほどの台地が海岸線の平地に向けて降りていく断層によってつくられる崖で、パースの東からペンバートンの南まで続き、かつては丘陵・山脈と考えられていた。西オーストラリア州は、ほぼ全域が古代の岩盤土壌が生み出す広大な台地グレート・プラトーにある。《ヴィレッジ・セラーズより》今年3月ピエロを訪問。高密植の畑に隣接するワイナリーでピジャージュと発酵タンクや樽からの試飲を体験し、冷えたビールで小休止の後は、少し熟成したカベルネ・メルロやVRシャルドネを試飲。ピエロの高いクオリティを実感していたところに「これも飲もう!」とニックが持ってきたのが、ラス・ヴィーノ・グラナイト・グルナッシュとカベルネ・ソーヴィニヨンでした。それらを語る表情からも、ピエロとはまた別のアプローチでワイン造りを楽しむニックの思いが詰まっていることが伝わってきました。その酒質の高さに、一緒に訪問したソムリエの皆さんから日本での取扱いを確認されたことも、改めてラス・ヴィーノをご紹介したいと思った理由の一つです。〈営業部 門馬靖弘〉#12924ラス・ヴィーノ・シュナン・ブラン・ダイナミック・ブレンド '23L.A.S. Vino Chenin Blanc Dynamic Blend '23産地:西オーストラリア州マーガレット・リヴァー品種:シュナン・ブラン Alc.13.9%希望小売価格 ¥8,200(消費税別)“ CBDBは2013年に初めて造ったワインで、以来ずっと造っています。北西部ヤリンガップのユニークな畑は、砂利質のローム層土壌でバイオダイナミックとオーガニックの認証を受け、トレリスや剪定もされていません。豊作の年はよいのですが、不作の年はあまり収穫できません。収穫も選別も手作業です。全房のまま軽くプレスし、古いフレンチオークとアンフォラで自然発酵させ、MFLはしません。2週間に1度澱を攪拌し、清澄は行わず、軽く濾過して瓶詰めします。”#12938ラス・ヴィーノ・シャルドネ '23L.A.S. Vino Chardonnay '23産地:西オーストラリア州マーガレット・リヴァー品種:シャルドネ Alc.13.7%希望小売価格 ¥7,000(消費税別)“ このワインはマーガレット・リヴァーのシャルドネの美しさを表現、三方を海に囲まれた畑から生まれる力強さとフレッシュさを併せ持っています。果実は全て手摘みで、全房プレスされ、アンフォラと古いオーク樽を併せて発酵・熟成されます。部分的にマロラクティック発酵を行い、熟成は10ヶ月間です。”#12925ラス・ヴィーノ・グラナイト・グルナッシュ '23L.A.S. Vino Granite Grenache '23産地:西オーストラリア州ジオグラフ、ファーガソン・ヴァレー品種:グルナッシュ Alc.13.9%希望小売価格 ¥8,200(消費税別)“ ダーリング・エスカープメント**に位置する素晴らしい畑で、ファーガソン・ヴァレーの標高300m、北向きの花崗岩の斜面にあります。砂利質混じりのローム層に花崗岩がところどころ露出している間にグルナッシュの灌木が植えられています。収穫はブドウの成熟に合わせ、2回に分けて行います。房と粒を選別し、オークの大樽で自然発酵、20%全房でストラクチャーとアロマを与えます。アンフォラと大樽で11ヶ月熟成。清澄はせず、軽く濾過して瓶詰めします。”#12926ラス・ヴィーノ・カベルネ・ソーヴィニヨン '22L.A.S. Vino Cabernet Sauvignon '22産地:西オーストラリア州マーガレット・リヴァー品種:カベルネ・ソーヴィニヨン Alc.15.0%希望小売価格 ¥9,500(消費税別)“ マーガレット・リヴァーの他のワイナリーがすでにしていること以上に自分ができることがあるか分からなかったのでカベルネ・ソーヴィニヨンは長年避けていましたが、このブドウはCBDBのシュナン・ブランと同じ、ヤリンガップのユニークなオーガニック&バイオダイナミックの畑で収穫された特別なカベルネ・ソーヴィニヨンです。手摘み収穫後、手作業で選別し、全房のまま大樽で自然発酵。少量は果皮ごと12ヶ月熟成させ、風味に深みを加えました。”